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今までの私は、心のどこかでイクメンを軽視し、
「自分だってそれぐらいやっているよ」と思っていました。
でも実際には、ただの自己満足でしかない独り善がりだったことを
気づかされる事件が起こりました。

2015年9月、2歳の息子が突然入院をすることになったのです。
この出来事をきっかけに、私の中で初めてイクメンって、父親ってなんだろうと
考えるようになりました。

というのも妻が子育てに対して不安を抱えていることが分かったからです。
息子の入院だけではなく日々の子育てに対しても大きな不安を抱えいました。
まるで「今回の入院も私のせい」と言わんばかりに…

それからすぐに上司へ相談をして、
就業時間の変更というわがままを受けいれていただきました。
私の勤め先はお世辞にも育児・介護と仕事の両立が進んでいるとは言えない飲食業です。
そんな環境の中で即座に承諾してくれた上司には本当に感謝しています。

しかし、安心したのもつかの間で息子の入院生活は妻の入院生活でもありました。
もちろん、家事はすべて私がやることになりました。

それから私は大きな勘違いをしていたと気づくことができました。

自分だけでなく「相手がいる」ということです。

育児のスタートは、お互いが求めていることに対してコミュニケーションをとり
一緒に考える。
まさに当たり前のことを当たり前にやることでした。

この時から、

本当の意味で自分の居場所が家族の中にある幸せを実感しています。

そして私を父親にしてくれた妻と息子に感謝します。


息子も無事に退院し慌ただしくも温かい毎日を過ごしながら
真のイクメンを目指し精進しております。

自分一人の力で出来ることは限られていると思います。
そこで、これから父親になる周りの方達に伝えたいと思います。

「育児に特別なことは要らない、あなたが妻や子を想う気持ちはきっと伝わるよ!」

石塚 高史
30代男性 子供1人

先日、妻とケンカをした。

実際、子供に接しているときだけが、「イク」児ではないと思う。
その子の人生の環境を整えることも、「イク」メンの仕事だと強く思う。
だからこそ、折り合いがつかなくなったのかもしれない。

ケンカの内容は、保育園(所)の入園(所)について。
最初のうちは、第一希望は…、第二希望は…と話をしていた。
しかし、ポイントの話に及んだときに、うまく折り合いがつかなくなった。

ある雑誌には、ポイントを考え過ぎることが、「官製マタハラ」とも紹介されていた。
イク「メン」だけでなく、イク「ママ」も頭を悩ませているところだと思う。

復帰したいときに、復帰できない。
じゃあ、復帰するためには、ポイントを稼いでいなければならない。
そのためには、前もって申請を出しておかなくてはならない。
待機児童の数が、そうやって増えていく。

ポイントを稼いでいくとともに、
それと反比例してイク「ママ」の心は磨り減っていく。

イク「メン」である、私からのお願い、祈りが一つある。
それは、今まで以上に一層、厚生労働省と文部科学省が連携をすることである。
縦割り行政を捨て、より有機的に、共に子供の人生を考えていってほしいと、切に願う。

現場で実際にイク「メン」をしているメンズが、もっと「イク」メンできるよう、
行政にいる「メン」たちも、一緒に子育てしてほしいと思う。

それこそ、課長級以上は、9割以上、「メン」なんだから、
一緒に「イク」児をする行政をして、
現場に投げるのではなく、ALL JAPANNで「イク」児を考えることが必要である。

そうすれば、ポイントに悩まされている「ママ」も
それを見守っているイク「メン」も、
もっと、今まで以上に「イク」児ができるのではないだろうか。

そんなふうに、
リアルに育児をしている、リアルな悩みを抱えた、
リアルな「イク」メンとして、投稿させていただいた。

wakazo
30代男性 子供1人

イクメン2年生を迎えて

娘は現在1歳2か月、私もイクメン1歳2か月です。
産後2か月間の育児休業を経て家事・育児の一通りをやってきましたが、最も力を入れているのが「離乳食」と「職場づくり」です。

共働きのため週末に1週間分の離乳食・幼児食を作って冷凍するのですが、メニュー・食材選びから担当しています。丁寧な料理をした経験があまりないため未だに入門書と妻の助言にべったりで、栄養バランスや段取りを妻に添削してもらい、土曜の朝に一気に作る!という流れです。最初は製氷皿に少しだけだったのが、最近では大人用の電子レンジパックで1食分になりました。
台所で奮闘したあげく、娘に「まずい」とそっぽを向かれて凹むこともありますが、テーブルを叩いて喜んで食事をしてくれる娘を見ていると本当に幸せです。だから毎週続けていけます。

そして職場では、育児に目覚めた私を理解してもらい、また同じように育児をしている同僚とともに支え合っていく毎日を送っています。誰しもが持っている、急な休暇が必要になったり、残業ができない日があったりといった事情に、情けない話ですが、自分が育児をするまで真摯に目を向けられていませんでした。
反省もあり、また同僚も自分と同じくらい育児を大事にしてもらいたい!という気持ちをもって、仕事の仕方を大きく変えていきました。とにかく早くにスケジュールを作って共有し、いつ誰が休暇をとるか?という話をしやすくし、誰が休んでも代わりに仕事を受け持てるような工夫をしました。そのようなこともあり、「○さん家の○君が熱を出した!」→「身重の奥さんにはうつってないか!?」、「次の旅行はお子さんにとって初めての雪ですね」等と、いつも身近な話題が飛び交っています。

私にとっては全てがただ充実した毎日で、生きがいばかりです。万人が共感はできないかもしれませんが、これが私の幸せです。胸を張って言える喜びです。

がじら
30代男性 子供1人

結婚当初、互いの仕事の都合で離れて生活していた私たち夫婦。そうしたなか妻が妊娠し、私は連休の度に妻のもとへ通う日々が4ヶ月続きました。すべては愛する妻とまだ見ぬ我が子のために。食材の買い出しや食事の作り置き、新居探しや役所の手続きを熟す生活。夫として、父としての自覚が自然と備わってきました。
以前から父子手帳の存在を知っていた私は、妻に代わって母子健康手帳を受け取る際に父子手帳もゲット!妊娠中はもちろんのこと、今も継続して自身の体験、思い、子どもの成長について楽しみながら綴っています。育児をするなかで自身の思いや考えを書くことによって整理していると、自身がもつ家族観や子育て観などを見つめなおす機会となります。また、その父子手帳は私だけのためのものでなく、いつの日か長男の力にもなると信じ、彼が思春期を迎えるころに贈ろうと考えています。
昨秋には、第2子となる娘にも恵まれました。長男の時には育休を取得しましたので、今回も同じように現在取得中です。育休は対象となる子や妻のためだけでなく、私自身が心身健やかに家事・育児に取り組むなかで自身の生き方・働き方、家族のあり方を見つめる機会にもなります。そして兄となり情緒不安定な長男に対し、夫婦で分担し愛情をそそぐことができ、今回も取得して本当に良かったと夫婦で実感しています。
ただ、私たちが今住む自治体では父子手帳を発行していません。このままでは、娘に父子手帳を残してあげることができません…そう考えていた折、私が加入する父親の家庭参画を支援するNPO団体に、ある自治体から父子手帳製作の依頼がありました。父子手帳を自ら手掛けたいと考えていた私はその編集長として、自身の体験を踏まえ父子手帳の製作に取り組んでいます。完成すれば私と娘をつなぐ父子手帳にもなり、一度に夢が2つ叶うことになります。
今しか体験できない時間や出会いを、これからも全力で楽しみます。

水野 奨
30代男性 子供2人

妻、長女3歳、次女0歳の4人家族。
長女誕生の時、WLBに全力投球と決意はしたものの、仕事以外に社会人学生という一面もあり、時間や様々な課題に悩まされた。深夜に頻回の授乳を行っていた妻の身を案じ、朝5時に起きて朝食・私の弁当・妻の昼食の支度、仕事や大学の課題を整理し、出勤までの間、長女を連れて早朝散歩をすることが育児における精一杯の日課だった。

長女2歳の時、妻が復職し、保育園の送迎や休日を長女と2人で過ごす時間が増えた(学生は卒業済)。長女の成長を間近で感じる喜びの一方、家族で過ごす時間も減り、家族で過ごす時間の大切さを感じていた。家事の時間でさえも貴重であり、失敗を恐れずに長女と一緒に家事を行うように努めた。失敗していた家事が、日に日にできるようになる長女の姿が何よりも頼もしかった。
何よりも妻の偉大さに気付かされた。公園等で長女と遊んでいると「○ちゃん!髪伸びたね」等とママ友から声をかけられることが増えた。私が不在の間、妻は育児に奮闘する中で育児を通して地域と繋がり、支えられ、長女が多くの経験を得ていたのだと実感した。この時、子どもの成長を間近で見るチャンスを失っていたと私は気付かされた。そんな時、次女妊娠の発覚。猛烈に育休を取得したいと考えた。

次女の妊娠中期、妻は切迫早産で自宅安静。身体も脳もフル回転の毎日。両家の祖父母のサポートに感謝しながら、無事に次女誕生し、育休取得を迎えた。
子どもの成長を間近で見ることが最大目標の育休であったが、不安定な長女の心を察知して外出したり、妻の食欲や表情を見ながら献立を考えたり、家族との時間をより大切にしたことで、私自身が一番成長し、多くの学びや発見を得た時間だったと感じている。
最近、長女が初めて包丁を使う時、私が心配していると「パパとママがやっているとこ、いっぱい見てきたから大丈夫だよ」という言葉に胸が熱くなった。家族の時間を大切にしたことで、子どもが母だけではなく父の背中も見ていてくれたのだと、心から嬉しい気持ちになった。
取り柄の無い自分に自信になるものが増えた。それは‘育児を誰よりも楽しんでいる’。こと。仕事以外の自分が成長できたことで、仕事もより充実したと感じている。家族と日々に感謝である。

ココナッツパパ
30代男性 子供2人

 毎日の娘の笑顔が、仕事のパワーとなっています。我が家では、子育ては父親中心です。
 妻と共働きのため、仕事から帰った後も夫婦のチームワークで子育て、家事を2馬力で行います。妻には、食事の準備、掃除をお願いし、その間私は、食器の片付け、ごみ捨て、洗濯、娘の学校準備の4大日課は当然のこと、娘に関係することはすべてします。学校準備は、毎日の計画帳、持っていくもの、宿題などのチェック、月曜セットの準備などお手のものです。習い事、病院などの送り迎えも、近くに住む父母の協力を得ながら父親中心で行います。夕食では、毎日必ず「今日は学校どうやった?」と聞くようにしており、学校での出来事を聞きながら家族揃っての夕食で会話が弾みます。
 娘には、たくさんの経験をさせてやりたいので、娘の「したい」にすぐに反応し、休日はとことん遊ばせることを心掛けています。
 長女さくらの保育園時代に、最年少で保護者会長に挑戦し、こどもたちの喜ぶ姿や親同士のネットワークの広がりにやりがいを感じました。二女ちひろのときは自ら立候補し、園内に父親サークルを立ち上げたことが愛媛新聞に取り上げられました。今は、長女さくらが小学校1年生のときからずっと続けている放課後児童クラブの保護者代表として活動しています。
 昨年子育て10年間の集大成として、1月に「オレ流子育て」が愛媛新聞に取り上げられました。11月には、NPO法人ワークライフ・コラボが企画する「えひめの次代を担う親づくり」推進事業のライフデザイン講座で社会人講師を務め、子育て11年間の自分自身を振り返るよい機会となりました。
 私は、職場の理解があってこそですが、娘の保育園時代からずっと今も学校行事には100%出席を続けています。お父さん同士が連携して、率先して動いて、その背中を娘に見せたいという気持ちと、父親子育てで時代を変えるという気持ちを忘れずに、これからも子育てを楽しみます。

川端 一徳
30代男性 子供2人



現在、妻と2人で4歳の娘と1歳の息子を育てています。

僕の仕事は芸人です。
とはいえ「短時間働いて高いギャラが振込まれる」という夢の様な生活は送れていませんし、そもそも、育児休業という制度がありません。

我が家のルールでは、僕が仕事で物理的に無理な時以外は、出来るだけ育児に参加する事になっています。
フリーランスだからこそ思うのです。育児休業の素晴らしさを。
産まれたての我が子とガッツリ向き合える。何と幸せな時間でしょうか。

僕の安定しないスケジュールのせいで、妻は里帰り出産を選びました。
その結果、娘と息子の出産に立ち会えなかったのです。
娘の時は、仕事終わりに急いで飛び乗った新幹線の車内で、義母からのメールが届きました。タイトルは「無事産まれました!」。
ホッとしながらメールを開くと娘の写真が・・・。
「いや、最初だけはこの目で見たいんやけど!」と窓の外に愚痴ったものです。

産まれたての娘に会う為に、仕事の隙間を見つけては夜行バスで妻の実家へ。
娘に会ってこの腕で抱きしめるたびに大泣きされ、義父が抱っこした途端泣き止む現実。
帰りの夜行バスでふて寝しようにも、格安バスのカチカチの4列シートは僕を寝さしてくれませんでした。

そんな事をアレコレ、産前のパパママさんにお話させて頂くイベントで喋っていました。
「育児休業取れる人は取った方が良い!」と、僕の魂の叫びを聞いたパパさんが「悩んでいた育休を取る事に決めました」と報告してくれたのです!
僕みたいになりたくない、という理由で・・・。
何であれ、素晴らしい事に違いはありません!

そして色々考えるようになりました。
僕なりの育児とは何なのか。
子供は勿論、何よりもまず、妻が幸せでいる事が大切だと気付いたのです。
リア充ならぬ『嫁充』です。
嫁の生活環境が悪ければ、子育てどころではない。嫁が幸せで充実した環境を作るのも育児なんじゃないのか、と。

娘の朝食を作り、保育園に自転車で送った後、風呂掃除、トイレ掃除、洗い物とシンクの掃除、一旦仕事場から戻り、子供達2人をお風呂に入れてからまた仕事に向かう。
それ以外に、僕が出来る嫁充の為の役割。
それは、出来るだけ嫁の話を聞く!
シンプルですが、嫁が抱える小さなストレスは旦那の僕にしか言えない事が多いとわかったのです。
今後も更に、嫁充を目指す嫁充男子として、育児を楽しんで行きたいと思っています!







石橋 尊久
40代男性 子供2人

私たち夫婦は、それぞれの役割を分担しています。
私は料理、裁縫、DIYが好き。妻は掃除、洗濯が好きということで、家事は基本的に得意分野に基づいて分担をしています。
育児についても、授乳は妻、お風呂や寝かしつけは私、遊んだりあやしたりは半分ずつやっています。

うちは2人の女の子がおり、2人とも立会い出産で産まれました。
立会いを通して、出産は代わることができず、どうしても父親が母親に敵わない点だと痛感し、育児こそは2人で!と思いました。
とはいえ育児も大変なことの連続で、例えばうちの子達は、半年経っても2時間しか寝てくれませんでした。
妻は育児休業を取得してくれていますが、まとまった睡眠を取れないのは辛いもので、休みなんだから夜泣きはよろしくね、というのは無責任です。
なので夜泣きも極力半々で対応しており、産後は私も睡眠時間が2、3時間な日々が続いて体調を崩し、発熱、胃腸炎に苛まれる中で仕事にいく時期もありました。
それでも、大きく育っていく子達を見ると、「妻と一緒に頑張って良かったな」と思うのです。

「イクメン」という言葉の普及とともに家族のライフスタイルは変わっています。
しかし育児休業は、収入面、業務内容や時期的な関係で、実際に取得できる日数に限りがある人が多いと思います。
私も結局、半休含めて計5日程度しか取りませんでした。
それでも時間をやり繰りして、家にいる時間を増やし、そのほとんどを家族と一緒に費やしています。
制度や環境が変わるのを待つのではなく、自分達が率先して変わること。
それが、社会全体の意識を変えていくことに繋がり、育児休業が取りやすい環境になっていくとも思います。

夫婦で沢山話をして、思いやって。成長の喜びも、苦しみも、全部妻とはんぶんずつ。
最近は2人だけではなく、小さいママ(長女)も増えました。
助け合って暮らしていくことの積み重ねが、育児であり、家族なんだと実感しています。

インナミケイスケ
30代男性 子供2人

3歳、6歳の息子を持つ父親です。2人とも8カ月から妻に変わって4カ月間の育児休暇を取得ました。私は理学療法士、妻は助産師の共働き夫婦です。
最初に育児休暇を取ろうと思ったきっかけは単純に興味があったからです。そして1割は胸を張って仕事が休める!と思ったからです(笑)。
4カ月間の育児休暇中は本当に大変という言葉では表せないほどの苦労がありました...と記載するのがイクメンの星としては正当だとは思いますが、実は余裕でした!!
朝に家事を終わらせて、子どもと児童館でママさんに囲まれながら遊んで、ご飯食べて、一緒に昼寝してと。子どもが10カ月の時には新幹線に乗って1泊2日の男旅にも出かけました。妻に「子どもと1日遊ぶだけで育児給付金なんかもらって日本社会も大丈夫なんかね」と言ったら「世の中のお母さんを敵に回すよ(怒)」と言われました。
ただ育児はやはり女性優位です。「男が取る必要あるの?」という意見があるのも確かです。必要があるかないかは育児休暇を取得した私でも正直分かりません。ただ取得した後に自分が感じたのは「妻にとっては確実に必要」だったいうことです。勿論、自分も子どもと過ごす時間で多彩な世界を見ることもできましたし、子どもも父親と過ごすことでなにかを感じてくれたと思います。ただ、一番は妻への育児・家事のストレスを減らした状態で仕事復帰できたことだと思います。仮に8カ月で職場復帰を妻にさせていたら、きっと浦島太郎状態で、仕事と育児の両立は苦労させていたと思います。私が4カ月間育児休暇を取得している間に、保育園の送迎の時間などを気にせず、仕事に集中することができ、スムーズに今の共働きに移行できたように感じています。
今年の6月には第3子が誕生します。今夜も妻は夜勤です。おそらくバリバリ働いています。

「育児休暇は妻のため」。これが今の私の答えです。

村井浩介
30代男性 子供2人

IT業界という男社会で夫婦ともに仕事をしています。こどもが3人います。
子どもができる前までは、夫婦とも残業、休日出勤、時には夜勤までしておりました。
妻は去年、会社を辞めて独立し、起業を目指し始めました。

第1子が生まれて、妻が育休を取得しましたが、家にいる間はオムツ替えや寝かしつけ、お風呂や食事もなるべく参加しようとしてました。しかし、やはり時間的に限界があると感じておりました。
まだ今ほど男性の育児参加が叫ばれておらず、また自分自身も専業主婦の母をみていたせいもあるのか、妻との違いをあまり考えていなかったのもあります。
第2子の育休明けから第3子の産休までの間、一か月しかなかった時に、保育園にも入れず妻も会社での長期の有休が取れず、ということがありした。
その時、私が夏休みと有休を合わせて2週間休みを取りました。育休は(一歳半を超えていた為)もう取れませんでした。
その2週間は、専業主夫として、家事育児を全てやりました。長男が幼稚園だったので、その送り迎えや、お弁当作りもやりました。

その時の経験を通して、家事育児しながら、更に仕事をするママたちの職場環境改善をしたいと思い、休み明けからは、会社の社員代表として、ワークライフバランスの社内冊子作成やセミナー開催、時短取得期限をそれまでの小1から小3まで引き上げしたりする活動をしました。
その際に意識したことは、現場のママたちの声を聞き、改善策をみんなで考えたことです。現場の声がない対策はひとりよがりになる、システム担当としての経験と、妻との毎日の会話から学んでいたからです。

今は平日は基本は妻が家事育児ですが、それも将来の子供達の教育資金やローンなどを考えて、所得の多いほうが長めに働く、という家庭の方針で、私が長めに働いています。
時間労働には疑問があります、短い時間でも価値ある仕事は出来ると思いますし、そういう働くママをたくさん見てきました。ただ、今はそういう就労形態である以上、それはそうとして受け入れたやり方を私たちも取らざるを得ないということです。
仕事を変えようと悩んだこともあります。
しかしやはり子供の教育資金や老後の生活といったお金の理由で、私は今の会社で働き続けることを選びました。妻には、活き活きと働くママの姿を子供達へ見せてあげてほしいと思っています。
妻には、夕方や夜などで、仕事や学びの場へ行きたいとなったら、なるべく私が子供達の面倒を見れるよう調整したり、在宅制度を利用して、子供達との時間をもち、子供と対話することで、この子の悩みを汲んであげる時間を持ち、21世紀を生き抜く力、考えて行動する力をつけられるように妻と共にこどもたちを育てたいと思っています。

難波圭介
40代男性 子供3人