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三才半と一才の娘の父親です。

長女で三か月育児休業を取得し、現在は次女が一才になるのに併せて
妻と入れ替わり、半年間の育児休業中です。

私たち夫婦は共働き。
ともに自分たちの仕事に誇りと生きがいを感じています。

子どもができるまでの自分は、子どもが得意とは言えず、正直電車の中で
騒いでいる子どもを見ると苦々しい気持ちでいっぱいでしたし、親戚の子ども
ですら、口では「かわいいねえ」と言いながら、内心はよその子との違いも
たいしてわからず、子育て大変だなあとか思っていたくらいでした。

そんな自分ですが、基本的に夫婦は常にフィフティフィフティであるべきだと
思っています。権利も義務も対等。
何事もできるほうがやればいいし、○○してあげるではいい結果は産まれない。
育児においても同じように考えました。

子どもを産むことだけと母乳をあげることだけは自分には出来ない。
でもあとはすべて男性にもできるはずだ。そう思いました。

とはいえ、小さいうちは、精神的支柱はどうしても母親になりがち。
私は自分自身で母親にはなれないと割り切ってやっています。
料理も一人暮らし経験が長くないこともあって、得意とは言えない。
それでも毎日の育児でそんなことは言ってられません。
凝った料理は作れないけれど、できるだけ栄養バランスを考えて、子どもたちが
喜ぶような味や食感を大切にしました。

キャラ弁はまだ自分には、相当ハードルが高いですが、
小さい子どもが食べやすい野菜をすり潰した肉団子風ならできる・・・みたいな。
「パパでもいい」が「パパがいい」に少しでも変わってくれれば良いなと
思ってます。

子どもたちにもできるだけたくさんの経験をさせてあげたいと思っています。
上の娘は、下の娘が産まれるまでは保育園に通わせていましたが、今は
自主保育サークルに参加しています。

ときには親と一緒に。ときには子どもたちだけで、泥んこになりながら野山を
駆け回ったり、四季色とりどりの草花で首飾りを作ったり。
一日中くたくたになるまで遊んでいます。
パパ1人にママさん30人とかの中に入って、お祭りやイベント企画を考えたり、
ママトークに参加するのも最初はずいぶん気おくれしましたが、子育てする同じ
仲間。仲良くなれないはずはない、先に自分が垣根を取らなくてはと考え、話かけ
ることに。今ではずいぶんたくさんのママさんと知り合うことができました。

もちろんサークルがないときは、家で子どもと絵本や積み木でいくらも遊び
ますが、できるだけ子どもがのびのびと力を発揮できる場面を与えてあげたい。
泣いてばかりいた娘がいつのまにか、山で盛大に転んでも擦り傷をさすりながら
も自分で起き上がってまた前へ進もうとする姿は大変たのもしくあります。


男性が子育てに積極的に参加するようになり、メディア等でイクメンが取り上げられる
機会も増えてきました。

組織のリーダーやトップが育児休業を取得することもしばしば取り上げられます。
そのこと自体は組織での子育てに対する理解や育児参加への取り組みが加速する
ことにも繋がるので、望ましいと思います。
しかし本当に望まれることは、男性の育児休業が当たり前になり、恒常的に男性が
育児に参加できるよう組織全体の意識が変わることではないでしょうか。

一週間の育児休業が終わったら、翌日から子どもの顔も見られない終電帰りや、
妻任せの育児になるのはあまりに悲しいことと思います。

生涯イクメン宣言。これが私の目標です。


↓よろしければ,ブログもご覧ください。
http://ameblo.jp/deza1979/

流れ星
30代男性 子供2人

小5、小3、年少の男児3人の父です。

次男が生まれたときに、きっとさみしがるであろう長男の世話をするようになりました。職業柄、当直による不在や帰宅が遅くなることも多く、十分な育児ができたとは思いませんでしたが、長男が懐いてくれるようになり、かわいくて仕方がなくなりました。次第に効率よく仕事を仕上げることもでき、以前よりは早く帰宅できるようになりました。

今、長男、次男はスポーツ選手を目指して週6回、夜9時すぎまで練習に励んでいます。私も仕事上の責任が大きくなってきていますが、できる限り夜8時には仕事を切り上げて練習を見学しています。厳しい練習を見学しながら、子供たちの未来に向けていかに教育してあげられるか日々考えています。今の父親としての私の仕事は、長男・次男のメンタルコーチであり、筋力・柔軟トレーニングのサポーターが中心です。三男は長男・次男の子育てを生かして奮闘中です。

子育ては仕事とのバランスが難しくて大変ですが、楽しいこともいっぱいです。また、子供から教えられることも多く、逆に仕事に行かせることも多いです。子供が大きくなってもいざというときには頼りにされる父親を目指してこれからもがんばりたいと思います。


TMKYS
40代男性 子供3人

保育園の送り迎えから、オムツ交換、お風呂入れ、寝かしつけまで妻以上に育児してましたが、子供が3歳になる前ぐらいから妻の仕事が忙しくなり1年ぐらい毎日深夜帰りだったため、平日は仕事から帰ってきてから一人で家事、育児をしていました。

育児は仕事以上に自分の思い通りにいかないことが多く、仕事より精神的に大変でした。

子供のおかげで育児を通して人間的に成長できたと思います。

妻の仕事が落ち着いた今でも保育園の送り迎え、夕食作り、お風呂入れ、寝かしつけなど日課になっています。

私と子供同時にインフルエンザにかかってしまい、1週間ぐらい一緒にぐったり寝てたことも今となっては良い思い出ですね。

子供好きが度を越して今年保育士試験まで受験してしまいました。(8科目中1科目落としてしまったので来年また受験するつもりです。)
職業は税理士なので、合格したら税理士兼保育士を名乗ります。

休日は天気が悪くなければ必ずどこかへ遊びに行ってますが、子供が喜ぶ姿を見るのが一番の幸せです。

MASAKI
30代男性 子供1人

2010年10月20日に第一子の女の子が僕を選んで生まれてきてくれました。育児に対しても嫁に任せようと
思っていたんですが、子供と一緒に居る時間を自分で気づかないうちに取っている自分がいました。最初は休みの日まで面倒を見るのは嫌だ。休ませてくれ。って言ってました。けど、日に日に子供と一緒にいると逆に疲れが飛んでいくような気になってました。いや!?疲れ飛んでいってました。 本当に毎日、子供と接する時間を作り、子供と会話をする。毎日一緒にお風呂に入る。着替えさせる。ご飯を食べさせる。育児をすることで自分が成長できる。本当にそう思います。
子供から学ぶことは多いっていうのは本当で子供から気づかされる事は自分の財産にもなります。
これから、もっと自分からイクメンの大切さを色々な方に広められたらいいなと感じてます。

20代イクメン代表SINYA
20代男性 子供1人

正直不安だらけでしたが、1人暮らし期間も長く、家事も幸い趣味なので、妻とバランスよく家事と育児を分担できています!

T2ROW
20代男性 子供1人

まだ、子どもが1歳になる前の話です。
うちは双子なので、夜中も2時間おきくらいにどちらかが突然泣き始める始末。どうせ夜泣きするなら、一度に2人まとめてお願いしたいがそうも行きません。
そんなわけで、特に休みの前夜はソファーに座って1人を抱き、もう1人をスウィング式のベビーラックに乗せ、それを足で前後に揺らして寝かせつるようなことをやっていました。(子どもを泣かせると2階で休んでいる家内が聞きつけて「私は一日中、子育てで疲れとるんやけん、泣かせんようにして!!」と怒ることもありました。 ☆少し高価だったけれども、電動スウィング式ベビーラックを買えばよかったと後悔してましたっけ)
ある日のこと、夜中の1時頃に2階で寝ていたはずの家内が私を揺すります。どうやら疲れてそのまま眠ってしまっていたようです。しかし、子どもが泣いているわけではありません。寝ぼけ眼で家内を見上げると「あんた、なにしとるん。夜中にギシギシ音がするけん、降りてきたらベビーラックを寝たまま足で動かしよったよ」と大笑い。
そんな双子も間もなく10歳。いつも寝不足で辛かったけれども、楽しい想い出ともいえる、ある日の育児日記であります。

tamaちゃん
40代男性 子供2人

2009年2月に初めての子供となる娘が生まれて、2009年7月から娘が保育園に入る2010年4月まで9ヶ月間育休を取らせていただきました。会社には理解をいただき、妻の協力もあったおかげで、最近色々と紹介されている男性の育休よりかなり長くとることができて、非常に稀な体験をできたと思っています。育休中は離乳食の時期にあたり、毎日離乳食で何に挑戦するかを散歩で行った公園で考えていたことが思い出されます。家事を含めて家事では男性にできる限界(??)も見えてきて苦労が多かったですが、今となっては人生における貴重な体験であったと思っています。現在は夫婦共働きで両方とも海外出張があるので、交替で子育て・家事を行っています。ただ、育休があったおかげで、娘もママがいない期間をパパと楽しく過ごしてくれていると思っています。貴重な体験をしているので、同じような状況にある方の参考になればと思い、体験を共有できればと思っています。

鈴木健司
30代男性 子供1人

2011年8月5日に3人目の男の子が誕生しました。上には2人の女の子
(7歳と4歳)がいます。
これを機に育休を取得し、夏休みなどと合わせて14日間の休業期間を
もらいました。両親や親族に頼ることができない家庭環境のため、妻が
入院中や退院後も子どもたちの世話をする必要があり、取得できてよか
ったと感じています。

休業期間には、自分なりにひとつの目標を立てて臨みました。
その目標は、自分が仕事に復帰しても生活が上手く回るよう「上の2人を
少しでも自立させる」という目標です。
例えば、自分のことは自分でやる。手伝いをする。仲良くする・・・。
しかし、「子育てとは自分の考えている通りに進まないものだ」ということを
改めて実感しました。多少手伝いをしてくれたりはしましたが、やはり、子
どもは自分ひとりでできないことが多く・・・自立という目標は、遠い先のも
のでした・・・。

その他、通常の家事に加え、2番目の子が夏カゼから40℃近くまで発熱、
全身に発疹が出たり・・・、1番上の子を歯医者に連れて行ったら虫歯だ
らけ・・・、出産後母子1週間検診・・・市役所への出生届出など・・・
心休まる時間はほとんどありませんでした。
上の2人だけでも大変な子育てに、もう1人が加わった場合の妻の負担を
考えると休業期間終了後も育児・家事への協力が必要だと感じています。

でも、大変なことばかりでなく楽しい想い出もたくさんできました。プールに
行ったり、牧場に行ったり、朝一緒にマラソンをしたり・・・。
休業期間終了後、上の子ども2人が私に手紙をくれました。「パパお休み
ありがとう。ごはんを作ってくれて。お休みの日にまたあそんだり、マラソン
したりしようね!」
妻からも「安心して入院できました。感謝しています!」とコメントをもらい、
頑張った分みんなから「ありがとう」と「笑顔」をもらい、家族の絆が深まっ
たそんな経験でした。

男性が普通に育児へ参加し、家族と深い絆を持てる社会になれるよう、
パパの皆さん一緒に頑張りましょう!

太田 和憲
30代男性 子供3人

3姉妹(6・5・3歳)の父です。長女が生まれ6年半、専業主夫です。妻が産休から仕事復帰をした当初は、赤ちゃんと二人きりで昼間どう過ごしたら良いのか不安でしたが、不安がっている間はなく、妻が母乳を飲ませる以外のこと、炊事、洗濯、掃除、買い物、育児を100%行いました。育児本を熟読実践し、離乳食は調味料や添加物に気をつけました。天気のよい日は長女をベビーカー、次女をおんぶするスタイルで周りの視線が気になりましたが、今しか出来ない育児経験に幸せを感じました。長女、次女と幼稚園に入園してからは、送迎をし、園の行事には全て参加しました。三女をおんぶしながらPTA会長となり、我が子は保育時間中に僕を見つけるととてもうれしそうにニヤニヤしていました。僕は子どもたち以上にうれしくてラッキーだと感じました。育児経験を形に残したいと思い、妻の協力のもと幼稚園の教員免許を所得しました。料理にも目覚め、お菓子作りは趣味になりました。出来栄えはママ友にも大好評です。また子どもと一緒に料理をすると感性や表情、新たな発見ができて最高です。今年の3月まで福島県に住んでいました、震災でマンションは全壊になりました。2日間家族が離れ離れになってしまい、無事再会出来た時には家族の絆を強く深く感じました。4月からは群馬県に移住して新たな生活を始めましたが、子どもたちが不安を感じないよう、がれきの中から子どもたちの工作やおもちゃを探して運びました。移住と避難が同時でしたが、僕も4月からは兼業主夫となりました。それでも子どもが大好きな僕は幼児を対象に、工作・科学実験教室をボランティアで行っています。長女は小学校1年生となり、今度は小学校の絵本ボランティアの読み聞かせに参加したり、二人の子どもが新たに通う幼稚園にいって実験教室を開いています。これからも子どもたちが何歳になっても育児をするお父さんとして子どもたちから離れません!

天宮たかなり
30代男性 子供3人

今年3月に長女が誕生。
同じ職場の妻とともに、私も5月から11ヵ月間の育児休暇を取得した。(理解ある職場に感謝!)

まず、自分の無力さを痛感させられたことがある。明らかにお腹が空いて泣く娘に対して抱っこしてあげることしかできなかったのだ。妻は幸いにも母乳で十分栄養を与えられることから、できる限り母乳で育てることを決めていた。私はその決定について、娘の栄養面、そしてスキンシップをはかるうえでも、とても重要なことだと考えていた。しかし、実際に母乳が出ない父親に対して泣き叫ぶ娘を目の当たりにすると、なんとも言えない虚しさがあった。結局、深夜でも2時間おきにお腹が空く娘のために寝ている妻を起こすことが毎日のように繰り返された。

そんな時、私が育児休暇に入る前にある先生がおっしゃってくれた言葉を思い出した。それは、「父親が子どもに直接母乳を与えることは不可能かもしれないけど、奥さんに料理を作って食べてもらうことで、あなたは母乳を作っていることになるのよ。」結婚当初から私は料理担当だったので、自分にも間接的かもしれないけれども娘に母乳をあげていたのだ。

それからは少し肩の荷が下りたような気がして、自分ができることを考えるようになった。抱っこして、あやして、お風呂に入れて、料理作って、この気持ちを忘れないようにブログを開設したり・・・

娘はあっという間に生後6ヵ月を迎え、離乳食を始めるまでに成長した。それは漸く自分が直接娘に栄養をあげることができる瞬間でもあった。私は嬉しさと、ちゃんと食べてくれるかなという不安を抱きながら、おかゆをひとさじ娘に食べさせようとした。すると、自らスプーンを口に持っていき、ちゃんとおかゆを「ごっくん」と食べてくれた。本当に育児をしている人しかわからない感動を体験した。

きっと育児というものが終わるのはずっと先のことだと思うが、これからもひとつひとつを大事にして毎日を過ごしたいと思う。

陽菜子のパパ
20代男性 子供1人