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「育児によって自分の時間が奪われる。」ギター等の趣味が多い私にとって、育児に対するイメージはあまり良くありませんでした。しかし、実際に子供が産まれて時間を共にしていくと、可愛さからか「能動的」に子供に関わっていく自分に変化していきました。そんな中でも、仕事で疲れた休日等は育児に対して「受動的」な状態の時もあります。

そういう「受動的」な状態を「能動的」に変換する為に、二つの工夫をしています。まず一つ目は、「言葉のチョイス」です。例えば子供と二人で動物園に行くときは、「今日は二人でデートに行ってくるね!」と妻に言っています。「デート」という言葉を使うことにより、自分へのワクワク感を増幅させ、言葉の持っている力を最大限に利用しています。

二つ目は「育児ダイエット」です。30代後半になり、お腹の肉が気になりだした私は、育児とダイエットを何とかコラボできないかと考え、「育児ダイエット」を考案しました。子供を背中に乗せて腕立て伏せをやったり、浮かした足の上に子供を乗せ腹筋をやったりします。子供も私のお腹も喜び(鍛えられ)、この「育児ダイエット」のお陰で10キロの減量に成功しました。

会社では経理部に所属しています。部署的に「受動的」な仕事が多いのですが、子育てに対する「能動的」な姿勢が仕事にも影響し、自社の決算書への関心を高めることを目的として、社員向けの「決算書の読み方サイト」を立ち上げることができました。毎週記事を更新し続け、間もなく一年くらいになりますが閲覧者数も数千人おり、社内でも影響力のある情報サイトとなっています。

このように自分に変化を与えてもらった子供には感謝していますが、もう一つ感謝できることができました。今春にもう一人産まれます。五月出産予定ですが、経理の繁忙期の四月を避けて産まれてきてくれるあたり、どうやら最初の親孝行をしたいようです。

広中 秀俊
30代男性 子供1人

子供が産まれて、「幸せ」についてよく考えるようになりました。自分のやりたいことについて軸が出来たことで、今まで悩んでいた仕事や住まい、家族、プライベートなどの理想的なバランスイメージを持つことが出来ました。そのために家族と暮らすため移住することが自分にとって重要と考え、実行しようと計画中です。

林シンバ裕介
30代男性 子供1人

育休を取り、静岡の日本平へ行ってきました。妻の友人の結婚式が静岡の日本平ホテルであり、その付き添いです。15時から挙式が始まり、式が終わる20時まで、ずっと陽太と二人で過ごしました。完全母乳だったので、私にはご飯をあげられず最初は二人でどこまで一緒に居られるか不安でした。ドライブがてら清水エスパルスショップに行き、ベビー服を買い、それを着せてホテルのロビーや喫茶店に行きました。すれ違う時に「似合ってるね」「将来は選手として待ってるよ」「父子そっくりね」と言われ、二人で笑ってました。帰ってきた妻からは「陽太がエスパルス坊やになってる」と笑ってくれました。ここまで長く二人きりで過ごせたのは初めてだったので、絆が深まった気がします。

こしたろう
30代男性 子供1人

夕方16時半に会社を出て約1時間電車に揺られてた後、三男を保育園に迎えに行く。帰宅すると妻が夕食の準備を、子供達は宿題を始めている。我が家では子供達の宿題が終わらないと夕食は出てこない。
共働きの我が家の家事は基本的に私と妻で半分ずつ。たとえ片方が残業や出張で不在でも、全てのことを1人で出来るようにしている。
会社では、フレックス勤務を利用して朝は8時前に出社して夕方はほぼ毎日16時半頃に退社している。
3度目の育児休業から復職した後も、有給休暇を上手く使って保育園や小学校の行事などに積極的に参加している。平日の行事に参加すると未だにパパの参加率が低いことを実感する。確かにほとんどがママという平日イベントにパパは行きにくいだろう。私の場合、育児休業中からつどいの広場などでパパ友ママ友を作っていたこともあり、ママだけの場でも躊躇なく行ける。そして更に知り合いが増える。
この様に家事や子育ては、やればやるほど好循環を生むものだと思う。
子育てをする → 子が親を頼る → 子に親しみが湧く → やる気がでる
とは言え、一言で子育てと言っても、子供の数や性別、性格、年齢構成、自治体や会社の制度や環境など様々な要素でその大変さは全然違う。そこを上手くやるには、目標と役割をきちんと決めて、コミュニケーションを取り、PDCAを回すというマネジメントシステムの考えが有効だ。これで、だんだんと家事や子育てが上手くなり時間も短縮できる。おかげで我が家は3人の子育てをしながらも、私はオンライン英会話、妻はホットヨガと、自分の時間も楽しんでいる。
3人の子供を育てるのはお金もかかるし時間も取られるし大変な事だらけだ。しかし、上の子供達が末っ子の面倒をみて、楽しそうにしているのを見ると3人目がいて良かったと思う。
各家庭に子供が3人以上いないと日本の人口は増えない。ぜひ、多くの家庭が子沢山になることを願いたい。

たかぞう
40代男性 子供3人

もうすぐ2歳になる息子を持つ父親です。子供が産まれる前には想像もしていなかった生活を、今送っています。

子供が産まれる前は、育児に対して漠然と 「今まで通り仕事をして、残業のない日や休日に子供と触れ合えば良い」すなわち「協力」をすれば良いと考えていました。
その考えを一転させたのは、妻の言葉でした。「なぜ、私だけが主で育児を担わなきゃならないの?」
仕事で残業や出張は当たり前、育児は協力程度、そう思っていた私にとって、それは受け入れられない意見でした。もちろん妻も働いているので、協力するつもりはあったのですが、求められるレベルは「協力」でなく「積極的な参加」だったのです。
そうは言っても、妻も結局は私の考えを理解してくれるだろう、と期待していたのですが、その意に反して妻は周囲に「うちは旦那も育休取るから」などと、勝手に話を進めてました(笑)
今思えば、これが妻の作戦立ったのでしょうか? 段々と自分の考え方が固執していることに気付き、人生で大事なことは仕事以外にもある、同じ位育児も大事ではないか? と考えるようになりました。

妻の作戦に乗せられたのは間違いないですが、社会的な育休制度の充実、上司の後押しもあり、結果的に昨年4ヶ月間の育休取得を決断しました。
休業中は、息子と一緒に平日ランチに出かけたり、子育てサークルへ参加したりと 育児期間中ならではの経験をさせてもらいました。もちろん子育てサークルはママだらけ。行くのには、少しばかり勇気も要りました。

復職後も、フルタイム勤務の毎日ノー残業で息子の保育園の迎えに行っています。帰宅してから、御飯を作り、息子と一緒に食事、その後お風呂に入って、妻の帰宅が遅ければ翌日の保育園準備と寝かしつけまでします。
17時のチャイムが鳴った直後に退社すること、出張のやり繰りなど 大変な時もありますが、困難な状況に追い込まれてこそ、自分の実力が付くと思い奮闘中です。

もうすぐ第2子が産まれる予定です。
苦労も増えると思いますが、そんな状況も楽しみつつ、仕事と育児の両立を図っていきたいと思います。また、周囲の同じ境遇の人やこれからそうなるであろうという人達にも、自分自身の経験を伝えていって、男性の家庭参画を促していけたらと思っています。

ツヨパパ
30代男性 子供1人

昨年の4月、娘が2歳、息子が6ヶ月の時にパパママ育休プラス制度を活用して1年間の育児休業を妻と同時に取得しました。

私が育児休業を取得しようと決めたのは、妻の定年退職まで働き続けたいという思いを尊重しながら、自分のワークライフバランスも見直そうと思ったからです。

妻が第2子を妊娠した時から、時間外労働を減らして家族と過ごす時間を増やそうと意識しました。しかし、前年度から月平均50時間減らすことができたものの、まだ月平均90時間の時間外労働をしていました。意識しても過労死認定ライン以上に働いており、家事も全くやっておらず、休日は昼まで寝ているという状態でした。この状態では夫婦共働きで育児していくのは困難だと感じ、家事や育児能力を身につけるために夫婦同時育休を取得する決意をしました。

育休取得を決め、前年度の8月から管理職に相談し代替講師を探してもらいましたが、結局代替講師は見つかりませんでした。
最終的に担当の仕事内容を変えてもらい、その仕事の代替講師に来てもらい育児休業を取得させていただきました。

最初はママの代わりになれるようにと意気込んで、料理、食事介助、掃除、洗濯、公園遊び、風呂入れ、寝かしつけなど、ママの真似をしながら全てできるように頑張りました。妻の念願だった趣味の演劇出演も可能にして、私1人で2人の子どもを寝かしつけることもありました。

その過程で自分では頑張ってママの代わりなろうとしても、子どもはママが1番安心できる存在で、私はママの代わりにはなれないということがわかりました。娘は寝かしつけの時にママを探して泣き叫び、息子は1歳を過ぎるまで毎日私が散歩して寝かしつけていたのに、1歳過ぎからはママに寄り添ってしか寝なくなりました。
少し寂しく感じましたが、子どもにとって1番安心できる存在のママが安定して過ごせることが子どもにも大切だと思うようになりました。
そのために妻を支えていく意識をもつことがパパがやるべきことだと考えるようになりました。
仕事復帰しても自分にできることをやって家族を支えていこうと思います。

自分の限界を知り、夫婦共働き育児のヒントを得られ、同時育休を取得して良かったです。

日高純一
30代男性 子供2人

 私は2015年度1年間育児休業を取りました。働いているのが妻、家にいるのが私と3歳と1歳の男の子いう生活を選びました。育児休業を取った理由は二つあります。
 1つ目は妻の子育てストレスを何とかしてあげたいと思ったからです。ある日の夕方、仕事中の私の携帯、に妻から電話がありました。電話を出ると騒ぐ子供たちの声と泣きながら「今日は早く帰ってこられるの?」という妻の声をききました。子育てを妻に押し付けていないか?自問自答するきっかけとなりました。
 2つ目は私が高校教員をしていることです。自らの経験がこれからの指導に生きると思ったからです。こういう生き方もあるし、自分の経験や考えたことをこれから父や母になる生徒たちに伝えられないか、と思ったからです。

 育児休業を取得して実感したことの一つに「自分は自分の住んでいる地元を何一つ知らない」ということに強く気付かされました。歩道に死角を作らないように草刈りをするおじいさん。公園の空いた花壇に苗を植えて花を育てるおばあさん。いままで見えてこなかった善意を肌で感じ、時には一緒に手伝いもしました。
 また、地域活動やワークショップを主催する高校の同級生から誘ってもらい、参加することもありました。その中で知り合った人たちは自分の地元を愛し、お金でない豊かさを持った生き方を知りました。育児休業をとって子どもと歩みがゆっくりになって今まで見えなかったものが見えました。私の中で大きな発見でした。

 先日、高校で英語を教える妻の「男女の性差」について考える授業のなかで、男の育児休業の取得者として授業に参加させてもらいました。授業を受けた生徒たちは感想を書いたプリントに「男性の家事や育児の参加の重要性がわかった」、「これまでの常識にとらわれない新しい生き方を感じる事ができた。自分もやってみたい」、「カッコいい」「結婚したくなった」といった感想をいっぱい書いてもらえました。この授業を受けた生徒たちの意識が少しでも変わったら嬉しいなと思った出来事でした。
 あと2ヶ月の主夫生活。まだまだ新しい発見や出会いを子どもたちと一緒にできればいいな、と日々思っています。

柳田 一匡
30代男性 子供2人

妻の復職に合わせ、昨年11月から半年間の予定で育児休職を取得中です。学生時代にお世話になった先生から、『育児休職の取得を検討すべき。若い世代が積極的に取得しなければ、男性が当たり前のように育児休職が取れる社会にはならない。』という言葉をもらった事がきっかけで、長男誕生時から機会があれば育児休職を取得したいと考えるようになり、今回職場にも理解をいただいて取得することに決めました。
休職に入ってからは、絵本を読み聞かせたり、平仮名や数字を教えてあげる等これまで仕事が忙しく中々子供達にしてあげられなかったことに毎日時間を割いている他、鉄道等公共の交通機関を利用して親一人の状況で遠出することの辛さを経験したり、ケーキやキャラ弁作りにも挑戦する等主夫業に全力を注いでいます。当たり前のように毎日妻がこなしていた作業の大変さを身にしみて感じ、妻への感謝の気持ちもより一層強く持つようになりました。子供達と向き合う時間が増えたことで、長男(3歳)と次男(1歳)との距離も縮まり、長男は毎日パパと手を繋いで眠りにつくようになりました。
子供達の様子は毎日日記につけ、写真を沢山撮ってアルバムも作っています。二人が大きくなって成人した頃、この半年間の成果を子供達に見せて「パパ頑張ってたんだぞ!」と色々話してあげることが私の夢です。
休職したことで仕事からは離れていますが、復職にあたっての不安はさほどありません。相手を納得させる人の叱り方や、物事をわかりやすく教えるための工夫の凝らし方等、育児の中で経験する事は仕事とは違った切り口から学べることも多く、それは復職後の仕事にも役立つと感じています。
休職期間はまだ半分残っていますが、休職中子供達と過ごしている時間は、間違いなく私の人生にとっての宝物です。これからも、家事にそして子供達との遊びに『全力投球』します。

やっちゃん
30代男性 子供2人

今までの私は、心のどこかでイクメンを軽視し、
「自分だってそれぐらいやっているよ」と思っていました。
でも実際には、ただの自己満足でしかない独り善がりだったことを
気づかされる事件が起こりました。

2015年9月、2歳の息子が突然入院をすることになったのです。
この出来事をきっかけに、私の中で初めてイクメンって、父親ってなんだろうと
考えるようになりました。

というのも妻が子育てに対して不安を抱えていることが分かったからです。
息子の入院だけではなく日々の子育てに対しても大きな不安を抱えいました。
まるで「今回の入院も私のせい」と言わんばかりに…

それからすぐに上司へ相談をして、
就業時間の変更というわがままを受けいれていただきました。
私の勤め先はお世辞にも育児・介護と仕事の両立が進んでいるとは言えない飲食業です。
そんな環境の中で即座に承諾してくれた上司には本当に感謝しています。

しかし、安心したのもつかの間で息子の入院生活は妻の入院生活でもありました。
もちろん、家事はすべて私がやることになりました。

それから私は大きな勘違いをしていたと気づくことができました。

自分だけでなく「相手がいる」ということです。

育児のスタートは、お互いが求めていることに対してコミュニケーションをとり
一緒に考える。
まさに当たり前のことを当たり前にやることでした。

この時から、

本当の意味で自分の居場所が家族の中にある幸せを実感しています。

そして私を父親にしてくれた妻と息子に感謝します。


息子も無事に退院し慌ただしくも温かい毎日を過ごしながら
真のイクメンを目指し精進しております。

自分一人の力で出来ることは限られていると思います。
そこで、これから父親になる周りの方達に伝えたいと思います。

「育児に特別なことは要らない、あなたが妻や子を想う気持ちはきっと伝わるよ!」

石塚 高史
30代男性 子供1人

先日、妻とケンカをした。

実際、子供に接しているときだけが、「イク」児ではないと思う。
その子の人生の環境を整えることも、「イク」メンの仕事だと強く思う。
だからこそ、折り合いがつかなくなったのかもしれない。

ケンカの内容は、保育園(所)の入園(所)について。
最初のうちは、第一希望は…、第二希望は…と話をしていた。
しかし、ポイントの話に及んだときに、うまく折り合いがつかなくなった。

ある雑誌には、ポイントを考え過ぎることが、「官製マタハラ」とも紹介されていた。
イク「メン」だけでなく、イク「ママ」も頭を悩ませているところだと思う。

復帰したいときに、復帰できない。
じゃあ、復帰するためには、ポイントを稼いでいなければならない。
そのためには、前もって申請を出しておかなくてはならない。
待機児童の数が、そうやって増えていく。

ポイントを稼いでいくとともに、
それと反比例してイク「ママ」の心は磨り減っていく。

イク「メン」である、私からのお願い、祈りが一つある。
それは、今まで以上に一層、厚生労働省と文部科学省が連携をすることである。
縦割り行政を捨て、より有機的に、共に子供の人生を考えていってほしいと、切に願う。

現場で実際にイク「メン」をしているメンズが、もっと「イク」メンできるよう、
行政にいる「メン」たちも、一緒に子育てしてほしいと思う。

それこそ、課長級以上は、9割以上、「メン」なんだから、
一緒に「イク」児をする行政をして、
現場に投げるのではなく、ALL JAPANNで「イク」児を考えることが必要である。

そうすれば、ポイントに悩まされている「ママ」も
それを見守っているイク「メン」も、
もっと、今まで以上に「イク」児ができるのではないだろうか。

そんなふうに、
リアルに育児をしている、リアルな悩みを抱えた、
リアルな「イク」メンとして、投稿させていただいた。

wakazo
30代男性 子供1人