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ボクは3歳の娘と2歳の息子を持つパパです。
毎朝5時前に起き、ふっくらとしたご飯を炊いて、
焼き魚、味噌汁、自家で作った漬物やピクルス、納豆を添えて、朝食の準備をします。
そのあと、保育園のお弁当2人分を彩りを気にしながらつくり、かわいいキャラクターも入れたりして、子供たちが楽しく食べられることを心がけています。
それが終わると、保育園用着替え2人分、それぞれの食器、水筒、タオル、オムツをバッグに詰め、保育園の支度も済ませます。
それらが終わって気付く頃には朝の7時。自分の支度をして三島から新幹線通勤で東京へ通勤します。
夜は、できるだけ家族揃って晩ごはんを食べて、その日の出来事をお互いに話しあったりして過ごすようにしています。お風呂も家族で一緒に入り、絵本や日本昔話を読んで寝かせ付けもします。

1年前のボクは、今とは全く違って、家事育児にほとんど関わっていませんでした。
週末にたまに家族で出かける時に子供を抱っこしたり、お風呂に入ったりするくらいで、
全然一緒に育児しているという状態ではありませんでした。
妻は出産を機に自分のキャリアを捨て、家事・育児で産後鬱状態。なぜ男性だけが
以前と変わらない生活を続けられるのか?と常に不満をぶつけられていました。
それは妻からの戦力外通告でもありました。そんな妻との家庭の雰囲気は悪化する一方。
そんな時、ふとしたきっかけで、ドラマ「池中玄太」を久しぶりに観ました。子供たちのために常に一所懸命な主人公の姿は、自分に失われていた何かを気付かせてくれました。

転職を機に、比較的自分で時間をコントロールできる仕事に巡り会え、外資系であることも一因かもしれませんが、自分なりに今までより働き方を変えたい気持ちが強かった。
家族と一緒に、子供もから求められる1分1秒の貴重な時間を楽しみながら生きていきたい。
それに気付かせてくれた妻と池中玄太に感謝の気持ちでいっぱいです。

こどもたちの時間は仕事一辺倒だったボクの人生観を劇的に変えてくれました。
今は、こどもたちの成長を楽しみながら、自分の成長も楽しめていて、
毎日が楽しくて仕方ありません。


いちや
40代男性 子供2人

3児(7歳、3歳、8か月)の父です。
2年前まで、私は仕事からの帰宅が遅く、平日の朝と休日が子供とコミュニケーションがとれる貴重な時間でした。しかし、もっと家族と過ごす時間を増やしたいという思いと、自分と同じ歯科医師である妻に仕事を休業して家庭のことを全てしてもらっている状況を改善したいという思いが次第に強くなっていきました。そこで、2年前に妻の実家の近くに家を建て転居し、妻の実家の歯科医院で私と妻がシフトを組んで働くことになりました。
 一人で育児をしてみると気付きと驚きの連続で、休日に子供達を遊びに連れていくことで育児をしている気になっていた自分が恥ずかしくなりました。平日は長男の学校の時間に合わせて家事を済ませなければならず、家事の最中には「パパ遊ぼう」という次男の誘いにより中断が入り、予定通り事が進まないことが殆ど。慌ただしくあっという間に1日が終わる感覚でした。今までこの生活をしてきた妻を尊敬し、また、ここまで子供を元気に育ててくれたことを本当に感謝しました。今では、私も家事・育児全般できるようになり、妻と共に育児を楽しんでいます。何より子供達が以前にも増してなついてくれ、たくさんの笑顔を私に見せてくれます。それが嬉しくて、今や子供と共に生活することが趣味になっています。
 そんな我が家に、昨年の4月、待望の娘が誕生し、それを機に、6週間の育児休業を頂きました。産後間もない妻には休養が第一なので、家事・育児はできる限りのことは全て行いました。また、子供達と色々な所に遊びに行くことで、様々な経験を共有でき、充実した時間を過ごすことができました。
 現在は、妻も私も復職しましたが、継続してできる限りのことを行っています。働き盛りの年齢ですが、子供達の父親そして妻の夫は私しかいません。愛する家族の笑顔を見続けるために、家族の絆を育むことに全力を注ぐ父親であり続けたいと思います。

金尾 将人
30代男性 子供3人

長男は3歳、そして次男が妻のお腹にいるタイミングで独立しました。そのキッカケは、『長男の話している言葉が分からなかった』こと。私は理解できないのに、妻はしっかり受け答えしています。そのとき感じたのは、子どもの成長の速さと一緒にいる時間の大切さ。「もっと子どもと貴重な時間を共有したい」という思いで独立し、今では3児の父親です。

私の実家は宮城県と遠く、妻にはすでに両親がいません。出産に当たっては、子どもたちの面倒を私が見ました。次男出産時は長男を保育園に入れておらず、三男出産時は長男・次男とも夏休みで在宅中。妻が安心して出産・産後生活できるよう、退院まで家事・育児を引き受けます。子どもたちのいるリビングで仕事し、空いた時間でお見舞い。妻いわく、「あなたが家にいなかったら、恐らく3人目は産めなかった」そうです。

現在、妻はパートタイムで勤務中。ケーキ店の販売で、シフトの関係から、突然休みを取ることはとても難しい環境です。保育園から電話が入り、「お熱が出てしまったので…」と言われれば、次男・三男を迎えに行くのは私の役目。できるだけ鍵っ子にしたくないので、小学校から長男が帰るタイミングは、外出仕事なども終えてできるだけ自宅にいます。私はランニングが趣味ですが、毎週水曜は自転車の長男に並走しつつ、トレーニングがてら習い事に送迎するのがお決まりです。また、朝の外出は11時以降を基本にしており、慌ただしい朝の時間を支えられるようにしています。

独立すると時間のやりくりが難しいですが、幸いにもパソコンとインターネット環境があれば、ほとんどの仕事を行えます。旅行に行けば、子どもたちが寝ている間に仕事を済ませてしまう。楽しい思い出作りも必須です。ときどきは料理などして、妻を休ませてあげるのも大切。そして子どもだけでなく、妻との会話も忘れません。子育てのことは、私も一緒に話し合いながら歩んでいます。

三河賢文
30代男性 子供3人

妻の双子妊娠がわかったのは、2015年の2月、その頃長男はまだ1歳でした。
妻は酷いつわりに切迫早産で妊娠期間のほとんどを寝たきりで過ごし、出産前は重たすぎるお腹で立ち上がることも困難でした。
父親として覚悟を決め、朝起きて長男を着替えさせ、朝ごはんを食べさせて、連絡帳を記入し、保育園に送り届けてから仕事へ。退社時間がきたら急いで家に帰り、長男と風呂に入り、寝かしつけてから明日の保育園準備、洗い物、風呂掃除、そして残った仕事を片付ける。そんな長い長い日々を乗り越えて、無事に今年9月に男女の双子が生まれてきてくれました。

ホッとしたのもつかの間、2歳児と双子の新生児の休みない育児が始まりました。妻は長期にわたる寝たきり生活から解放されたばかりで体力もなく、一人でこなすのは到底無理。
「生まれてきた命、家族みんなで笑顔で迎えてあげたい!!」
その思いから、1ヶ月半の育児休暇の取得を決めました。
男性の育児休暇取得は社内では初の試み。当然人事はテンヤワンヤでした。また部署内ではすでに妊娠中から迷惑をかけることも多かったため、長期の休暇をいただくのはとても心苦しい思いでした。
しかし育児休暇に入る前日には、たくさんの人から「頑張って!」の声を掛けてもらいました。女性社員だけでなく、すでにお子さんがいらっしゃる男性社員や、独身の男性社員からも。一つ一つの言葉が本当にありがたく、勇気をもらいました。

1ヶ月半の育児休暇はあっという間に終わりましたが、毎日笑顔で溢れた日々となり、かけがえのない思い出と、家族の強い絆ができました。
「昔の人は男性の育児休暇なんてなくてもらやってきた」のかもしれません。
私たちが甘えていると言われればそうなのかもしれません。
だけど新しい命は、家族みんなで笑顔で迎えてあげるものだと私は信じています。そのために私たち家族には、育児休暇が必要でした。
初の取組ながら受け入れていただいた会社には心から感謝しています。
私の後に続く育休取得者のためにも、実績を上げて会社に恩返しをしていきたいと思います。

もなき
30代男性 子供3人

 私八百屋でありますが、家事育児をこなす主夫でもあります。子供は女男男の三姉弟、現在8・5・3歳です。長女が生まれた頃は東京で仕事仕事の毎日。初めての子育てに奮闘し、生後9か月頃から仕事と育児の両立に苦労する女房を労わる余裕もなく、逆にやっと寝かしつけた娘を帰宅時に起こして怒られるのが日常でした。
 そんな私が育児に開眼したのは長男が生まれて半年が過ぎた頃。研究者の女房が1週間の出張へ。いきなり任された乳児。普段は母乳中心だったため、飲みなれないミルクにぐずる息子。見事最初の2・3日は夜泣き続き。「夜泣きで眠れない」というしんどさを思い知りました。試供品を試しまくった結果、飲んでくれるミルクの銘柄を発見、女房愛読の育児書を斜め読み、何とか乗り切りました。夫が育児休暇を取るならば、妻はあえて旅に出る。夫婦の理解が深まると思うのですが、皆さんいかがでしょうか。
 最近は5時起床。メールチェックなどの事務仕事(数少ない子供の邪魔の入らない時間)。6時前後に次男が目覚め、膝に乗せ仕事をするか、あきらめて家事へ。干していた洗濯物を取り込み、早朝に回した次の洗濯物を干す。ゴミ出しの準備(資源ゴミは大変)、料理の仕込(夕方以降のドタバタが違う)。6時半長女起床。朝ごはんを食べさせ、7時半には学校へ。下2人の面倒見つつNHKの朝ドラを見たら、8時半に保育園へ。子供を預けて仕事スタート。地元の農家さんのところを回り、11時前に店到着。品出し等しているうちに全国の野菜たちも到着。うまくいけば11時開店(子供の急な発熱があるとずれるので公には11時半の開店)。17時から閉店準備。17時25分には店を出て、学童・保育園で子供を拾う。買い物して帰宅。子供にごはんを食べさせている間に女房帰宅。風呂に入って、21時半ころに子供と就寝zzz 出張が多い女房に代り子供の面倒を見るため、こんな日々です。

鈴木辰徳
30代男性 子供3人

長男が生まれた時は
子供が寝ている間に出勤し、子供が寝てから帰宅する毎日。
休日は日曜日しかないのに、飲みに行く始末・・・
当然のことながら家事や育児にはノータッチ。
そのくせに、たまにオムツを
交換しようものなら「俺は育児してるぜ!」って
調子に乗っている自称「イクメン」でした。
そんな私も次男の出産をきっかけに
大きく変わりました。次男が生まれたことで
妻の負担が増大。今までの不満も相まって
ついに爆発してしまいました。
そこで初めて私がいかに子育てに関わっていなかったのか、
妻に任せきりだったのかに気付きました。
上手く回っていたようにみえた家庭も
実は妻が我慢してくれていたからだということも
よく分かりました。そこからがようやく私の子育ての
スタートでした。仕事より子育て優先する生活にシフト。
今までは意味もなく長々と仕事をしていたスタイルを止めて
スパッとやめて帰宅。自称「イクメン」ですから
まぁ色々できないことばかり。苦戦しながら
子育てって本当に大変だなと
感じる反面、日々成長していく子供たちの変化を
間近で感じることができ、子育ての喜びも知ることができました。
そんな私も悩みがありました。
時々妻が「他のパパたちは・・・」みたいなことを
話すことがありました。自分では一生懸命やっているつもりだったので
なんだか良い気持ちはしませんでしたが、
確かに他のパパたちがどのように子育てに向き合っているのか
全く知りませんでした。それならもっと情報を仕入れて   
自分の子育てに反映しようと意気込んだのも早々に
パパ友がいないことに気付く・・
では、地域のコミュニティは・・・検索しても自分の地域にはない。
それならということで
自らコミュニティを立ち上げることにしました。
地域の子育て広場の方の支援を得ながら
今は賛同してくれるパパたちを集める準備をしています!
パパが変われば家族が変わる!地域が変わる!
そんなパパを目指して邁進中!

坂田敦志
20代男性 子供2人

先日第一子が(女の子)が生まれました。
想像以上に愛しく、メロメロです。
世界で一番に愛しているのは勿論妻。しかしそれに近いほどの存在で毎日が幸せです。

さて、「育児」と「仕事」ですが、
精通しているものがいくつかあります。

「要領」・「スピード」・「質」です。
育児の沐浴を例にとります。
お風呂の準備、着替えの準備、それからは手早く子供の身体を綺麗にして、湯冷めしないうちに服を着せる。
慣れてしまえばたいしたことないのかもしれませんが、この一連の流がうまくできれば、
きっと仕事もうまくできると感じます。

仕事で言えば、「手際」と「クオリティ」ですね。


育児は仕事もがんばれる「癒しの時間」でもあります。
娘の笑顔を見たら、疲れなんてぶっ飛んでしまいますから、、、

ゆうじろう
30代男性 子供1人

 32歳の時、3人目の子供が臨月の時に、私は10年務めた会社を辞め、求職活動をしていた。今思い出しても、もう二度と、同じことはしたくない。生活を築いていかなければならない、にも拘らず相反するところにいる自分の立場が、何とも言えなく惨めで、不安だった。
 再就職が決まって入職2日目に、3番目になる次男が生まれた。来年5歳になる彼と、私の現在の社歴が図らずも一緒になった。
 子供は私に計り知れないエネルギーをくれる。どんなに辛い事があっても、子供の歩むペース、着実にしっかり育ってくれる姿を見て、自らを奮い立たせることが出来た。
 そのおかげで、今は再就職先の会社の取締役になり、日々新しい仕事にチャレンジしている。
そんな私は、これ以上ないほど仕事に日々集中し、成果を上げるべく働いた。そのため、なかなか遠出をしたり、面白い場所に行けたりはしなかったが、私自身いくつか心に決めて、5年以上続けていることがある。それは、「妻への感謝の言葉を忘れないこと」と、「毎朝、家族5人の朝食をつくる」事だ。
 何事も、その立場に立ってみないと分からない。女性の朝は、本当に忙しい。私は、私がどんなに忙しくとも、ご飯は毎日食べるもの、私がそれをすることで家族をまとめていけるような、そんな気持ちで毎朝5時には台所に立った。調理は仕事に似ている。段取りは大事だし、タイミングが大事だし。
 蒸しパン・フレンチトースト・おにぎり・あさから豚汁も作った。それを美味しく食べてくれる子供や妻を見て、私は毎朝ご褒美をもらっているような、そんな幸せな気持ちになる。辛い時にもついてきてくれた妻、健やかに、にぎやかに朝食を食べてくれる子供たちに支えられて、私は生きている。

小林和徳
30代男性 子供3人

愛媛県には水平線と夕焼けがとてもキレイで全国的に有名な双海町という場所があり、
嫁が所要で不在の為、初めて僕1人で子ども2人(1歳&4歳)でお出かけをしてきました。

1歳(♀)のほうは初めて見る海にビビりながらも
「じーじー」
「じーじー」
と一生懸命に何回も言うてました。
(愛媛の方言でじーじーは魚の事です)

最後はみんなで美味しいじゃこ天を食べて帰りました。
みんな大満足!

やっぱり育児はあまり深く考えずに自分自身楽しむことが、
最終的にいい子育てに繋がると思います。

また定期的にイベント等にて、パパによる絵本読み聞かせ活動を行ってます。

中塚 貴也
30代男性 子供2人

母が看護師で鍵っ子生活だったこともあり、看護師の奥さんには家にいて欲しいというのが希望でした。結婚した時に「仕事辞めるやろ?」と話すと、「そんなこと言った覚えはない」とトボけられてしまいました。
そして3人の子持ちになっても夜勤もやり土日も仕事の奥さんにかわり、休みの日はもれなく子守をしなくてはいけませんでした。
10ヶ月位から保育園生活だったこともあり、夜中に熱を出すことも。坐薬をいれるのは得意技でした。
夜勤をしている奥さんは職業柄か、いつでもどこでも爆睡できるのがウリ。昼間っから寝ることも多く、子供が泣いていても気にならないくらい 。夜に子供が「パパ、トイレ?」と起きても「ご指名だよ」と言われる始末。奥さんは家事を受け持ち、子供と過ごす割合はわたしのほうが多かったと思います。
子供の行事も比較的休みが取りやすい私が行くことが殆どでした。
会社の同僚達が、子育てや家事は奥さんの役割で、休みの時に遊びに出かけるのを見てうらやましく思う時もありましたが、実家の親や親戚、会社の上司の奥さんにも助けてもらいながら子育てできたのは、子供が沢山の人から愛情をもらったおかげです。
子供達は成績も並み、決して優等生ではありませんでしたが、友達にも恵まれました。末っ子が来年就職すると三人とも社会に送り出すことができます。
「お母さんが家にいなくてむごい」「休みはとれないの?」「子供が小さいうちくらい家にいてあげればいいのに」など、そんな些細な言葉に奥さんは悲しい思いをしたようです。
看護師に限らず、介護職など女性も夜勤で活躍する仕事は他にもあります。子育ては夫婦でするもの、お父さんの少々手抜きで不器用な子育てでも(あくまで、イメージです。几帳面なお父さんごめんなさい)子供は元気にたくましく育ちます。
ただ、どこかで子供に十分向き合えなかった後悔からか、末っ子が高校に入学するのを機に「3年間はお弁当を毎日作ってあげたいから」と奥さんは病院を退職。現在は夜勤のない介護施設で看護師としてイキイキと働いています。
子育ても仕事も遊びもやりたい。そんな奥さんのワガママを叶えて支えているのは私、元祖イクメンだと思っています。こんな頑張ってるお父さん達、もっともっと注目して欲しいです

もりお
50代男性 子供3人