イクメン宣言・イクメンサポーター宣言を見る

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昨年10月に第2子の娘が生まれ、育休を2カ月間取得しました。
仕事の面では職場全体で取得を後押ししてくれた為、何の躊躇もなく育休に入ることができたのですが、育休中は苦難の連続でした。家事の他に並行して娘が泣いたらあやしたり、4歳の息子との時間も大切にしなければならない。普段、私が仕事中にこれだけの苦労を感じさせないように気を使ってくれていると思うと奥さんには頭が上がりません。
そこで、この育休だけで終わらないように育休中に日記を毎日つけました。毎日やったこと・感じたこと、写真を毎日1枚撮って記録に残すようにしたのです。
この育休はあくまで今後の育児を変えるきっかけ。自分が育休中にやったことを日記に残すことによって、育休中の気持ちを忘れないように努めています。
特に育休後に心構えとして2つ、大切にしていることがあります。
1つ目は「感謝の気持ちを伝え続けること」。洗濯物が畳まれている、ご飯が用意されている、子供が健康である…。当たり前のように思えるその日常は奥さんが一生懸命創りだしてくれているものなのです。
だからこそ「ありがとう」を伝えることもそうですし、時には家事や育児を引き受けて1人で外出させてあげることも感謝を伝える行動です。言葉だけでなく、行動によって感謝を伝え続けていきたいと思います。
2つ目は「夫の役割は父親、妻の役割は母親である」ということ。あくまで仕事・家事・育児は家族の幸せを創っていく手段だと思っています。これらが役割にしてしまうと家事分担という括りになってしまい、自分の担当以外に関心を持たないことが多くなります。なので、私の家庭では分担を敢えて決めていません。自分の役割は父親である。そう考えると、家族の為に家事・育児にも積極的に楽しく参画できるようになりました。
これからも奥さんと共に、子供と自分たちの幸せを築いていきたいと思います。

寺岡 賢作
20代男性 子供2人

2017/01/20 10:49

僕は総合病院の内科医として勤務しています。
現在、妻、5歳と2歳の息子の4人暮らしです。

長男が2歳の時に、妻が妊娠しました。順調に発育していたのですが、ある日、切迫流産になり緊急入院することとなりました。しかし、その日は当直だったのです。両親や親戚は遠方であるため、長男の保育園の迎えを頼むことはできません。僕が長男を保育園に迎えに行く以外に方法はありませんでした。事情を話したところ、その日の当直は後輩にお願いすることができました。

その日から妻が退院するまでの3ヶ月間、長男との二人での生活が始まりました。
上司と相談し、当直やオンコールを免除してもらい、定時に帰宅させてもらえるようにしてもらいました。3か月間のうち、2週間程度は妻の実家に長男をお願いしていましたが、それ以外は長男と二人で過ごしました。料理や洗濯、掃除はもちろん自分で行いました。長男もその間、風邪もひかずに保育園に通うことができました。

その後、妻は無事に退院して、早産になることもなく、元気な次男が生まれました。

両親や妻、そして理解のある上司や後輩、スタッフのお陰だと思っています。
本当に感謝しかありません。

千葉 恭司
30代男性 子供2人

2017/01/03 18:19

私は40歳で22歳の息子と19歳の娘の父親です。

高校2年生の時、付き合っていた彼女から「子供ができた」と話を聞きました。高校生で親になるという道を歩き出しました!

2人の生活が始まり、そして、私が18歳、妻が17歳の時に長男が生まれました!
立ち合い出産で、自分の子供が生まれる瞬間を見て、そして赤ちゃんにふれた瞬間にパパスイッチが入りました。

それからあっという間に22年が経ち、上の子が22歳。

1年ほど前、今まで私が生きてきて最もうれしいことがありました。
成人した息子から「俺、父さんのこと尊敬してるで!」そう言われて、ほっとして涙が出そうになったことを忘れません。


パパ22年生で気づいたことがあります。パパのスイッチは3つ順番に入ります。

1つ目のパパスイッチは「自覚」です。

自分の子供が生まれた瞬間、子供を抱いた瞬間、初めてパパと言われた瞬間。入るタイミングは様々です。私の場合は立ち合い出産で子供が誕生した瞬間でした。

2つ目に入るパパスイッチは「責任」です。

パパとして家族を守っていくという責任のスイッチです。私の場合はプロボクサーをしていてボクシングで負けて子供が5歳と3歳になっていて焦った瞬間です。

3つ目に入るパパスイッチは「応援」です。
子供たちがそれぞれの道を歩き出す時、パパとしてどう人生を生きてきたか。何ができていたか。振り返ります。子供がパパ、パパと引っ付いてきてくれるのは小学校に入るまでです。6歳までの日曜日を全部子供と過ごしても人生の1%です!

その貴重な時期、子供と関わる事で、ママとも支え合え、子供も自己重要感が高まり、パパ自身も成長できます。多くの男性に父親になる人生の膨らみを味わって頂きたいです!

秋山剛
40代男性 子供2人

2017/01/02 04:50

ともに地方出身で親戚は周囲にいないし、里帰り出産も実家周辺の医療環境等を考慮して断念。頼れるのは自分たちだけ。妻任せには出来ない・・・以前からも夫婦で話していたのもあり、わりと自然と「育休」という結論にたどり着いたと思います。
また人生でそう何度とある出来事ではなく、これからの時代、キャリアでも育休取得は必要・貴重な経験になる。経済的な不安は育児休業給付金があり、社会的風潮も周囲の理解を後押しする中、同僚や後輩にロールモデルとして参考になれば、と考えました。
そして「首が据わるまで」と取得した4ヶ月の育児休職。
会社では人事制度のHPに男性の育休取得について解説がなく、事例が少ないのか誤った案内をされるところからスタート。
決して妻からしたら十分じゃなかった(今でも)かもしれないけれど、家事と育児に夫婦で取り組み、検診も予防接種も保活も一緒にいきました。月齢の幼い、特に最初の1ヶ月は誰かしらのサポートがないと乗り切れない過酷な時期。妻も乳腺炎やホルモンバランスの関係で不安定になるなど、もし妻独りだったらどうなっていたか?と振り返って思います。当たり前ですが「一人よりも夫婦でやる」ことの方が、負担が少なくなります。私たち夫婦のように実家等のサポートが得られない場合、男性の育休の必要性は高いはずです。
出産から首が据わるまで日々成長していく過程を一緒に過ごせたことは素晴らしいことで、初めて笑ったとき、寝返りに成功したとき・・・全て見逃すことなく見ることができ、出生前と比べて子供に向き合う気持ちが変わり、また、これからも育児環境は変わらないため、長時間労働などの働き方について見直すきっかけになりました。
今でも時間外をほとんどせずに、ほぼ定時で帰宅します。
周囲の理解と配慮のおかけですが、早くこれが制度・仕組みそして風習として当たり前になれば良いなと思います。

松本直之
30代男性 子供1人

2016/12/20 14:55

妻が長男を妊娠して5か月目に切迫流・早産で入院しました。当時、仕事ではプロジェクトリーダー(PL)を務めており、新たなプロジェクトが始まろうとしている時でした。私は、家族の状況を鑑みて上司に次回のPLを務める事は難しいとを訴えましたが、願い叶わずに引き続きPLを任命されました。そこから、悲惨な生活が待ち受けていました。朝、電車で通勤し昼間は通常通りに勤務し、定時になったら残業をするメンバーに伝達事項を告げ一旦退社、面会時間が限られているため妻の入院先の病院に急行しました。面会時間終了後は一旦帰宅し夕食を掻きこみ、車で夜の首都高を飛ばして会社に戻りました。22時頃残業をしていたメンバーと入れ違いに2度目の出社をし、早朝まで仕事を続け明け方帰宅をして、少しの睡眠後次の一日が始まるという生活を続けていました。当然のようにプロジェクトは炎上し赤字を出す結果となりました。そして、プロジェクトが終焉を迎える頃、1ヶ月の早産で長男が誕生しました。出産に立ち会いましたが、長男の呼吸が浅いため総合病院に救急搬送され、2週間NICUに入院する事なりました。この時「PLの代わりはいるけれど、父親は自分しかいない。」という思いが湧き、会社に1ヶ月間の育児休暇を申請しました。この出来事を期に、残業をする事が善とされる体制の中で、定時退社に努める自分の地位が確立できたような気がします。家族との時間を持てるようになり、4年後長女が誕生(2度目の立会出産)すると自然と子どもが好きになり、今年1月保育士の資格を取得しました。ファザーリングジャパンの友人ができイクメン座談会に呼ばれたり、「もりや子育てネットワークままもり」という地域の子育てボランティア団体に所属するようにもなりました。今は引き続きIT業界に従事しながら、ICTと保育士の資格を生かしてできる事はないか模索しています。

清水 徹
40代男性 子供2人

2016/12/15 18:52

育休を三回取得(1年半+1年+1ヶ月)取得させていただき、パワーアップし、企業にワクワク旋風を巻き起こし中です。多くの方々に、育休の先に見える景色を共有したい一心です。

理屈の通じない世界(子育ての世界)で得た幅広い経験と視野は、パパという立ち位置だけでなく、サラリーマンとしても大活用できます。

コスパ(コストパフォーマンス)ではなく、コンスタントパッション(恒常的な情熱)の方のコスパという言葉を作ることにしました。
これからの時代に必要なのは、そちらのほうのコスパだと思います。

体験談はあまりに多すぎるため、寓意を込め、書籍にしました。
『気丈の空論97.0 子育てパパが企業にワクワク旋風を巻きおこす話』


 「あのワクワクは破兆(はちょうちょう)調だ」。
 塾でも教えてくれない97個の力に名前を付け、企業に《ワクワク旋風》を起こした子育てパパの話。
 企業内SNSピープルランキングNo.1社員のブログを《大々的に再編集》
 そして、ティッシュマジックの誕生秘話も収録。
 心の力学の教科書、22世紀前に誕生。
 学生、サラリーマン、経営者、パパママ必読の書
 「野生のカマボコに会ってみたいんだ」
 「コンスタントパッション(恒常的な情熱)の方のコスパ」

http://seko-chikara.com/

瀬古力
40代男性 子供3人

2016/10/17 13:24

今年(2016年)の夏に元気な女の子が家族の一員になりました。
数年前から私はフリーランスで在宅で仕事をしており、1日の多くを子供と接する時間に充てています。その為、他の男性よりも育児スキルは高いと自負しているのですが、友人たちが自宅に遊びに来ている際にオムツ替えやミルクを与えたりする様を見て、私をイクメンだともてはやしてくれました。
しかし、可愛い我が子の世話は唯一無二の幸せな時間で、「やって当たり前」な事に何故褒められるんだろうと不思議な感覚を覚えました。
忙しい仕事の合間や昼夜問わない世話に大変さはありますが、だからこそ妻をサポートする形で一緒に育児に参加する事が絶対必要だと思いました。

出産のダメージ、授乳、お母さんの方が負担が大きいにも関わらず、そちらは「やって当然」で褒めてはくれません。不公平だと思います。
イクメン活動の広がりは、お母さんたちの負担軽減や育休後の社会復帰、子供の健やかな成長に直結すると思っています。
私は自身の周りだけでも良いのでイクメンのロールモデルとなるべくこれからも唯一無二の幸せな時間を謳歌しながら育児をしたいと思います。

綿村 和也
30代男性 子供1人

2016/10/11 10:11

子供の育児として小学生のころから、ソフトボールコーチとして息子・娘と共に人間力構築に邁進してきました。また、PTA役員として子供の育成を推進してくると共に、少年団連盟会長として地域の子供たちの育成にも尽力してきました。今現在は、子供たちの学校送迎を始め、家事も家内と分担して 食事当番制を実施しています

小村 渉
50代男性 子供2人

2016/09/20 10:40

私は育休は取っておりません。子供が誕生したと同時に病気になりました。
そのため自宅療養し育児をすることとなりました。
結果 育児の大変さ 妻への感謝を感じ取ることができました。
洗濯 料理 子供のオムツ変え 食事にいたるまで すべて妻がしていたことをすることになりました。 イクメンは数が少なく ママ友はもちろんいなく 孤独でございます。
その中で 強い味方なのが スーパーのレジ打ちのおばちゃん達でした。
いつも買い物に子供と二人で行くので 色々と健康に気を使った食材選びや 育児に関するアドバイスなどご指導いただけました。子育ては親が育てるものでありますが 地域または社会も育てるものなんだとつくづく思いました。

秋山 謙歩
30代男性 子供1人

2016/08/02 14:11

 私は、日本の会社から海外駐在員として派遣され、妻と長女を連れて2年前に日本人の殆どいないタイの田舎町にやってきました。 そしてタイで第二子を授かって現在4歳と1歳の二人の子育てに邁進しています。
 元々育児を頑張りたいと思っていた私は、これまで日本でも出来る限り家事や子育てを「手伝う」ようにしてきましたつもりでしたが、私がかけた時間や労力に反して妻からの評価はあまり良く無いものでした。 しかし、タイに来て二人目の子供の出産に向けた準備をして行く中でその理由に気づく事ができました。 
 誰の手伝いも頼めない海外で妻が子供を出産するためには、少なくても入院中の数日間、私が3歳になった長女の育児の全てできるようにならなくてはいけません。 そこで、妻から一つ一つ教えてもらうと、幼稚園の準備・好みの着替えを選ぶ事・娘の言う通りに髪の毛を結ぶ事、朝だけでも私のできない細かな仕事がたくさんある事がわかったのです。 その一つ一つをできるようしていく中で育児が「手伝う」ものから「する」ものへと変わっていきました。  
 今では、妻曰く「授乳と出産以外はなんでもできる」ようになった私ですが、子供達との信頼関係も厚くなり、長女とは2人で海外旅行へ行けるほどになりました。 この事が私たちの子育てに幅を与えてくれています。
 現在の仕事は現地会社の管理担当の取締役で、部下は8割が子育て中という若い職場なのですが、赴任当時は朝6時前から夜9時頃まで仕事をして、土曜日は月に2回休みがあれば良い方というとても厳しい職場でした。 そこで子育てのしやすい職場になるように赴任後すぐ業務改善をはじめました。 色々な試みを重ねて、2年経った今では残業は殆どなく離職者の少ない良い職場になってきました。 これは会社としても大きなメリットでした。
 この経験を生かして、帰国後は家では共働きに会社ではさらに働きやすい職場づくりに挑戦したいと思っています。

Noah Kaneko
30代男性 子供2人

2016/08/02 14:11