イクメン宣言・イクメンサポーター宣言を見る

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妻、長女3歳、次女0歳の4人家族。
長女誕生の時、WLBに全力投球と決意はしたものの、仕事以外に社会人学生という一面もあり、時間や様々な課題に悩まされた。深夜に頻回の授乳を行っていた妻の身を案じ、朝5時に起きて朝食・私の弁当・妻の昼食の支度、仕事や大学の課題を整理し、出勤までの間、長女を連れて早朝散歩をすることが育児における精一杯の日課だった。

長女2歳の時、妻が復職し、保育園の送迎や休日を長女と2人で過ごす時間が増えた(学生は卒業済)。長女の成長を間近で感じる喜びの一方、家族で過ごす時間も減り、家族で過ごす時間の大切さを感じていた。家事の時間でさえも貴重であり、失敗を恐れずに長女と一緒に家事を行うように努めた。失敗していた家事が、日に日にできるようになる長女の姿が何よりも頼もしかった。
何よりも妻の偉大さに気付かされた。公園等で長女と遊んでいると「○ちゃん!髪伸びたね」等とママ友から声をかけられることが増えた。私が不在の間、妻は育児に奮闘する中で育児を通して地域と繋がり、支えられ、長女が多くの経験を得ていたのだと実感した。この時、子どもの成長を間近で見るチャンスを失っていたと私は気付かされた。そんな時、次女妊娠の発覚。猛烈に育休を取得したいと考えた。

次女の妊娠中期、妻は切迫早産で自宅安静。身体も脳もフル回転の毎日。両家の祖父母のサポートに感謝しながら、無事に次女誕生し、育休取得を迎えた。
子どもの成長を間近で見ることが最大目標の育休であったが、不安定な長女の心を察知して外出したり、妻の食欲や表情を見ながら献立を考えたり、家族との時間をより大切にしたことで、私自身が一番成長し、多くの学びや発見を得た時間だったと感じている。
最近、長女が初めて包丁を使う時、私が心配していると「パパとママがやっているとこ、いっぱい見てきたから大丈夫だよ」という言葉に胸が熱くなった。家族の時間を大切にしたことで、子どもが母だけではなく父の背中も見ていてくれたのだと、心から嬉しい気持ちになった。
取り柄の無い自分に自信になるものが増えた。それは‘育児を誰よりも楽しんでいる’。こと。仕事以外の自分が成長できたことで、仕事もより充実したと感じている。家族と日々に感謝である。

ココナッツパパ
30代男性 子供2人

2016/01/20 14:00

 毎日の娘の笑顔が、仕事のパワーとなっています。我が家では、子育ては父親中心です。
 妻と共働きのため、仕事から帰った後も夫婦のチームワークで子育て、家事を2馬力で行います。妻には、食事の準備、掃除をお願いし、その間私は、食器の片付け、ごみ捨て、洗濯、娘の学校準備の4大日課は当然のこと、娘に関係することはすべてします。学校準備は、毎日の計画帳、持っていくもの、宿題などのチェック、月曜セットの準備などお手のものです。習い事、病院などの送り迎えも、近くに住む父母の協力を得ながら父親中心で行います。夕食では、毎日必ず「今日は学校どうやった?」と聞くようにしており、学校での出来事を聞きながら家族揃っての夕食で会話が弾みます。
 娘には、たくさんの経験をさせてやりたいので、娘の「したい」にすぐに反応し、休日はとことん遊ばせることを心掛けています。
 長女さくらの保育園時代に、最年少で保護者会長に挑戦し、こどもたちの喜ぶ姿や親同士のネットワークの広がりにやりがいを感じました。二女ちひろのときは自ら立候補し、園内に父親サークルを立ち上げたことが愛媛新聞に取り上げられました。今は、長女さくらが小学校1年生のときからずっと続けている放課後児童クラブの保護者代表として活動しています。
 昨年子育て10年間の集大成として、1月に「オレ流子育て」が愛媛新聞に取り上げられました。11月には、NPO法人ワークライフ・コラボが企画する「えひめの次代を担う親づくり」推進事業のライフデザイン講座で社会人講師を務め、子育て11年間の自分自身を振り返るよい機会となりました。
 私は、職場の理解があってこそですが、娘の保育園時代からずっと今も学校行事には100%出席を続けています。お父さん同士が連携して、率先して動いて、その背中を娘に見せたいという気持ちと、父親子育てで時代を変えるという気持ちを忘れずに、これからも子育てを楽しみます。

川端 一徳
30代男性 子供2人

2016/01/20 14:00



現在、妻と2人で4歳の娘と1歳の息子を育てています。

僕の仕事は芸人です。
とはいえ「短時間働いて高いギャラが振込まれる」という夢の様な生活は送れていませんし、そもそも、育児休業という制度がありません。

我が家のルールでは、僕が仕事で物理的に無理な時以外は、出来るだけ育児に参加する事になっています。
フリーランスだからこそ思うのです。育児休業の素晴らしさを。
産まれたての我が子とガッツリ向き合える。何と幸せな時間でしょうか。

僕の安定しないスケジュールのせいで、妻は里帰り出産を選びました。
その結果、娘と息子の出産に立ち会えなかったのです。
娘の時は、仕事終わりに急いで飛び乗った新幹線の車内で、義母からのメールが届きました。タイトルは「無事産まれました!」。
ホッとしながらメールを開くと娘の写真が・・・。
「いや、最初だけはこの目で見たいんやけど!」と窓の外に愚痴ったものです。

産まれたての娘に会う為に、仕事の隙間を見つけては夜行バスで妻の実家へ。
娘に会ってこの腕で抱きしめるたびに大泣きされ、義父が抱っこした途端泣き止む現実。
帰りの夜行バスでふて寝しようにも、格安バスのカチカチの4列シートは僕を寝さしてくれませんでした。

そんな事をアレコレ、産前のパパママさんにお話させて頂くイベントで喋っていました。
「育児休業取れる人は取った方が良い!」と、僕の魂の叫びを聞いたパパさんが「悩んでいた育休を取る事に決めました」と報告してくれたのです!
僕みたいになりたくない、という理由で・・・。
何であれ、素晴らしい事に違いはありません!

そして色々考えるようになりました。
僕なりの育児とは何なのか。
子供は勿論、何よりもまず、妻が幸せでいる事が大切だと気付いたのです。
リア充ならぬ『嫁充』です。
嫁の生活環境が悪ければ、子育てどころではない。嫁が幸せで充実した環境を作るのも育児なんじゃないのか、と。

娘の朝食を作り、保育園に自転車で送った後、風呂掃除、トイレ掃除、洗い物とシンクの掃除、一旦仕事場から戻り、子供達2人をお風呂に入れてからまた仕事に向かう。
それ以外に、僕が出来る嫁充の為の役割。
それは、出来るだけ嫁の話を聞く!
シンプルですが、嫁が抱える小さなストレスは旦那の僕にしか言えない事が多いとわかったのです。
今後も更に、嫁充を目指す嫁充男子として、育児を楽しんで行きたいと思っています!







石橋 尊久
40代男性 子供2人

2016/01/19 17:43

私たち夫婦は、それぞれの役割を分担しています。
私は料理、裁縫、DIYが好き。妻は掃除、洗濯が好きということで、家事は基本的に得意分野に基づいて分担をしています。
育児についても、授乳は妻、お風呂や寝かしつけは私、遊んだりあやしたりは半分ずつやっています。

うちは2人の女の子がおり、2人とも立会い出産で産まれました。
立会いを通して、出産は代わることができず、どうしても父親が母親に敵わない点だと痛感し、育児こそは2人で!と思いました。
とはいえ育児も大変なことの連続で、例えばうちの子達は、半年経っても2時間しか寝てくれませんでした。
妻は育児休業を取得してくれていますが、まとまった睡眠を取れないのは辛いもので、休みなんだから夜泣きはよろしくね、というのは無責任です。
なので夜泣きも極力半々で対応しており、産後は私も睡眠時間が2、3時間な日々が続いて体調を崩し、発熱、胃腸炎に苛まれる中で仕事にいく時期もありました。
それでも、大きく育っていく子達を見ると、「妻と一緒に頑張って良かったな」と思うのです。

「イクメン」という言葉の普及とともに家族のライフスタイルは変わっています。
しかし育児休業は、収入面、業務内容や時期的な関係で、実際に取得できる日数に限りがある人が多いと思います。
私も結局、半休含めて計5日程度しか取りませんでした。
それでも時間をやり繰りして、家にいる時間を増やし、そのほとんどを家族と一緒に費やしています。
制度や環境が変わるのを待つのではなく、自分達が率先して変わること。
それが、社会全体の意識を変えていくことに繋がり、育児休業が取りやすい環境になっていくとも思います。

夫婦で沢山話をして、思いやって。成長の喜びも、苦しみも、全部妻とはんぶんずつ。
最近は2人だけではなく、小さいママ(長女)も増えました。
助け合って暮らしていくことの積み重ねが、育児であり、家族なんだと実感しています。

インナミケイスケ
30代男性 子供2人

2016/01/18 15:00

3歳、6歳の息子を持つ父親です。2人とも8カ月から妻に変わって4カ月間の育児休暇を取得ました。私は理学療法士、妻は助産師の共働き夫婦です。
最初に育児休暇を取ろうと思ったきっかけは単純に興味があったからです。そして1割は胸を張って仕事が休める!と思ったからです(笑)。
4カ月間の育児休暇中は本当に大変という言葉では表せないほどの苦労がありました...と記載するのがイクメンの星としては正当だとは思いますが、実は余裕でした!!
朝に家事を終わらせて、子どもと児童館でママさんに囲まれながら遊んで、ご飯食べて、一緒に昼寝してと。子どもが10カ月の時には新幹線に乗って1泊2日の男旅にも出かけました。妻に「子どもと1日遊ぶだけで育児給付金なんかもらって日本社会も大丈夫なんかね」と言ったら「世の中のお母さんを敵に回すよ(怒)」と言われました。
ただ育児はやはり女性優位です。「男が取る必要あるの?」という意見があるのも確かです。必要があるかないかは育児休暇を取得した私でも正直分かりません。ただ取得した後に自分が感じたのは「妻にとっては確実に必要」だったいうことです。勿論、自分も子どもと過ごす時間で多彩な世界を見ることもできましたし、子どもも父親と過ごすことでなにかを感じてくれたと思います。ただ、一番は妻への育児・家事のストレスを減らした状態で仕事復帰できたことだと思います。仮に8カ月で職場復帰を妻にさせていたら、きっと浦島太郎状態で、仕事と育児の両立は苦労させていたと思います。私が4カ月間育児休暇を取得している間に、保育園の送迎の時間などを気にせず、仕事に集中することができ、スムーズに今の共働きに移行できたように感じています。
今年の6月には第3子が誕生します。今夜も妻は夜勤です。おそらくバリバリ働いています。

「育児休暇は妻のため」。これが今の私の答えです。

村井浩介
30代男性 子供2人

2016/01/14 14:34

IT業界という男社会で夫婦ともに仕事をしています。こどもが3人います。
子どもができる前までは、夫婦とも残業、休日出勤、時には夜勤までしておりました。
妻は去年、会社を辞めて独立し、起業を目指し始めました。

第1子が生まれて、妻が育休を取得しましたが、家にいる間はオムツ替えや寝かしつけ、お風呂や食事もなるべく参加しようとしてました。しかし、やはり時間的に限界があると感じておりました。
まだ今ほど男性の育児参加が叫ばれておらず、また自分自身も専業主婦の母をみていたせいもあるのか、妻との違いをあまり考えていなかったのもあります。
第2子の育休明けから第3子の産休までの間、一か月しかなかった時に、保育園にも入れず妻も会社での長期の有休が取れず、ということがありした。
その時、私が夏休みと有休を合わせて2週間休みを取りました。育休は(一歳半を超えていた為)もう取れませんでした。
その2週間は、専業主夫として、家事育児を全てやりました。長男が幼稚園だったので、その送り迎えや、お弁当作りもやりました。

その時の経験を通して、家事育児しながら、更に仕事をするママたちの職場環境改善をしたいと思い、休み明けからは、会社の社員代表として、ワークライフバランスの社内冊子作成やセミナー開催、時短取得期限をそれまでの小1から小3まで引き上げしたりする活動をしました。
その際に意識したことは、現場のママたちの声を聞き、改善策をみんなで考えたことです。現場の声がない対策はひとりよがりになる、システム担当としての経験と、妻との毎日の会話から学んでいたからです。

今は平日は基本は妻が家事育児ですが、それも将来の子供達の教育資金やローンなどを考えて、所得の多いほうが長めに働く、という家庭の方針で、私が長めに働いています。
時間労働には疑問があります、短い時間でも価値ある仕事は出来ると思いますし、そういう働くママをたくさん見てきました。ただ、今はそういう就労形態である以上、それはそうとして受け入れたやり方を私たちも取らざるを得ないということです。
仕事を変えようと悩んだこともあります。
しかしやはり子供の教育資金や老後の生活といったお金の理由で、私は今の会社で働き続けることを選びました。妻には、活き活きと働くママの姿を子供達へ見せてあげてほしいと思っています。
妻には、夕方や夜などで、仕事や学びの場へ行きたいとなったら、なるべく私が子供達の面倒を見れるよう調整したり、在宅制度を利用して、子供達との時間をもち、子供と対話することで、この子の悩みを汲んであげる時間を持ち、21世紀を生き抜く力、考えて行動する力をつけられるように妻と共にこどもたちを育てたいと思っています。

難波圭介
40代男性 子供3人

2016/01/12 15:54

ボクは3歳の娘と2歳の息子を持つパパです。
毎朝5時前に起き、ふっくらとしたご飯を炊いて、
焼き魚、味噌汁、自家で作った漬物やピクルス、納豆を添えて、朝食の準備をします。
そのあと、保育園のお弁当2人分を彩りを気にしながらつくり、かわいいキャラクターも入れたりして、子供たちが楽しく食べられることを心がけています。
それが終わると、保育園用着替え2人分、それぞれの食器、水筒、タオル、オムツをバッグに詰め、保育園の支度も済ませます。
それらが終わって気付く頃には朝の7時。自分の支度をして三島から新幹線通勤で東京へ通勤します。
夜は、できるだけ家族揃って晩ごはんを食べて、その日の出来事をお互いに話しあったりして過ごすようにしています。お風呂も家族で一緒に入り、絵本や日本昔話を読んで寝かせ付けもします。

1年前のボクは、今とは全く違って、家事育児にほとんど関わっていませんでした。
週末にたまに家族で出かける時に子供を抱っこしたり、お風呂に入ったりするくらいで、
全然一緒に育児しているという状態ではありませんでした。
妻は出産を機に自分のキャリアを捨て、家事・育児で産後鬱状態。なぜ男性だけが
以前と変わらない生活を続けられるのか?と常に不満をぶつけられていました。
それは妻からの戦力外通告でもありました。そんな妻との家庭の雰囲気は悪化する一方。
そんな時、ふとしたきっかけで、ドラマ「池中玄太」を久しぶりに観ました。子供たちのために常に一所懸命な主人公の姿は、自分に失われていた何かを気付かせてくれました。

転職を機に、比較的自分で時間をコントロールできる仕事に巡り会え、外資系であることも一因かもしれませんが、自分なりに今までより働き方を変えたい気持ちが強かった。
家族と一緒に、子供もから求められる1分1秒の貴重な時間を楽しみながら生きていきたい。
それに気付かせてくれた妻と池中玄太に感謝の気持ちでいっぱいです。

こどもたちの時間は仕事一辺倒だったボクの人生観を劇的に変えてくれました。
今は、こどもたちの成長を楽しみながら、自分の成長も楽しめていて、
毎日が楽しくて仕方ありません。


いちや
40代男性 子供2人

2016/01/12 15:54

3児(7歳、3歳、8か月)の父です。
2年前まで、私は仕事からの帰宅が遅く、平日の朝と休日が子供とコミュニケーションがとれる貴重な時間でした。しかし、もっと家族と過ごす時間を増やしたいという思いと、自分と同じ歯科医師である妻に仕事を休業して家庭のことを全てしてもらっている状況を改善したいという思いが次第に強くなっていきました。そこで、2年前に妻の実家の近くに家を建て転居し、妻の実家の歯科医院で私と妻がシフトを組んで働くことになりました。
 一人で育児をしてみると気付きと驚きの連続で、休日に子供達を遊びに連れていくことで育児をしている気になっていた自分が恥ずかしくなりました。平日は長男の学校の時間に合わせて家事を済ませなければならず、家事の最中には「パパ遊ぼう」という次男の誘いにより中断が入り、予定通り事が進まないことが殆ど。慌ただしくあっという間に1日が終わる感覚でした。今までこの生活をしてきた妻を尊敬し、また、ここまで子供を元気に育ててくれたことを本当に感謝しました。今では、私も家事・育児全般できるようになり、妻と共に育児を楽しんでいます。何より子供達が以前にも増してなついてくれ、たくさんの笑顔を私に見せてくれます。それが嬉しくて、今や子供と共に生活することが趣味になっています。
 そんな我が家に、昨年の4月、待望の娘が誕生し、それを機に、6週間の育児休業を頂きました。産後間もない妻には休養が第一なので、家事・育児はできる限りのことは全て行いました。また、子供達と色々な所に遊びに行くことで、様々な経験を共有でき、充実した時間を過ごすことができました。
 現在は、妻も私も復職しましたが、継続してできる限りのことを行っています。働き盛りの年齢ですが、子供達の父親そして妻の夫は私しかいません。愛する家族の笑顔を見続けるために、家族の絆を育むことに全力を注ぐ父親であり続けたいと思います。

金尾 将人
30代男性 子供3人

2016/01/12 15:54

長男は3歳、そして次男が妻のお腹にいるタイミングで独立しました。そのキッカケは、『長男の話している言葉が分からなかった』こと。私は理解できないのに、妻はしっかり受け答えしています。そのとき感じたのは、子どもの成長の速さと一緒にいる時間の大切さ。「もっと子どもと貴重な時間を共有したい」という思いで独立し、今では3児の父親です。

私の実家は宮城県と遠く、妻にはすでに両親がいません。出産に当たっては、子どもたちの面倒を私が見ました。次男出産時は長男を保育園に入れておらず、三男出産時は長男・次男とも夏休みで在宅中。妻が安心して出産・産後生活できるよう、退院まで家事・育児を引き受けます。子どもたちのいるリビングで仕事し、空いた時間でお見舞い。妻いわく、「あなたが家にいなかったら、恐らく3人目は産めなかった」そうです。

現在、妻はパートタイムで勤務中。ケーキ店の販売で、シフトの関係から、突然休みを取ることはとても難しい環境です。保育園から電話が入り、「お熱が出てしまったので…」と言われれば、次男・三男を迎えに行くのは私の役目。できるだけ鍵っ子にしたくないので、小学校から長男が帰るタイミングは、外出仕事なども終えてできるだけ自宅にいます。私はランニングが趣味ですが、毎週水曜は自転車の長男に並走しつつ、トレーニングがてら習い事に送迎するのがお決まりです。また、朝の外出は11時以降を基本にしており、慌ただしい朝の時間を支えられるようにしています。

独立すると時間のやりくりが難しいですが、幸いにもパソコンとインターネット環境があれば、ほとんどの仕事を行えます。旅行に行けば、子どもたちが寝ている間に仕事を済ませてしまう。楽しい思い出作りも必須です。ときどきは料理などして、妻を休ませてあげるのも大切。そして子どもだけでなく、妻との会話も忘れません。子育てのことは、私も一緒に話し合いながら歩んでいます。

三河賢文
30代男性 子供3人

2016/01/08 12:16

妻の双子妊娠がわかったのは、2015年の2月、その頃長男はまだ1歳でした。
妻は酷いつわりに切迫早産で妊娠期間のほとんどを寝たきりで過ごし、出産前は重たすぎるお腹で立ち上がることも困難でした。
父親として覚悟を決め、朝起きて長男を着替えさせ、朝ごはんを食べさせて、連絡帳を記入し、保育園に送り届けてから仕事へ。退社時間がきたら急いで家に帰り、長男と風呂に入り、寝かしつけてから明日の保育園準備、洗い物、風呂掃除、そして残った仕事を片付ける。そんな長い長い日々を乗り越えて、無事に今年9月に男女の双子が生まれてきてくれました。

ホッとしたのもつかの間、2歳児と双子の新生児の休みない育児が始まりました。妻は長期にわたる寝たきり生活から解放されたばかりで体力もなく、一人でこなすのは到底無理。
「生まれてきた命、家族みんなで笑顔で迎えてあげたい!!」
その思いから、1ヶ月半の育児休暇の取得を決めました。
男性の育児休暇取得は社内では初の試み。当然人事はテンヤワンヤでした。また部署内ではすでに妊娠中から迷惑をかけることも多かったため、長期の休暇をいただくのはとても心苦しい思いでした。
しかし育児休暇に入る前日には、たくさんの人から「頑張って!」の声を掛けてもらいました。女性社員だけでなく、すでにお子さんがいらっしゃる男性社員や、独身の男性社員からも。一つ一つの言葉が本当にありがたく、勇気をもらいました。

1ヶ月半の育児休暇はあっという間に終わりましたが、毎日笑顔で溢れた日々となり、かけがえのない思い出と、家族の強い絆ができました。
「昔の人は男性の育児休暇なんてなくてもらやってきた」のかもしれません。
私たちが甘えていると言われればそうなのかもしれません。
だけど新しい命は、家族みんなで笑顔で迎えてあげるものだと私は信じています。そのために私たち家族には、育児休暇が必要でした。
初の取組ながら受け入れていただいた会社には心から感謝しています。
私の後に続く育休取得者のためにも、実績を上げて会社に恩返しをしていきたいと思います。

もなき
30代男性 子供3人

2016/01/05 16:19